4.行商人
女性は少女に新しい服を与えた。新しいとは言えど、古着を少女に合わせて仕立て直しただけのものだが、彼女が一晩かけて丁寧に仕上げた結果、元の素材が良かったのもあり随分と綺麗に仕上がっていた。もしこれを売れば、いつもよりは少しだけいい値段で売れたかもしれないと思う程度には自信があった。
全体が白いウールで、首元は覆うように筒状に長く、裾には長い毛でできたファーが縫い付けられているワンピースで、少しでも長く着ていられるようにと、足首まで覆うほど大きめに作られている。襟と両サイドにあるポケットは別のウール生地を後から縫い足したため灰色の生地になっているが、かえって良いアクセントになっている。
炉の火のそばで少女を着替えさせると、少女は新しい服が嬉しいのか顔を輝かせて、自分を覗き込むように落ち着き無くくるくると回っている。
このまま放っておいたら転んでしまいそうだと、女性は少女に声をかけて動き回るのを止めさせるが、回るのをやめてもなお落ち着き無くそわそわとしている。そんな少女の様子を見て、女性はやわらかい笑みを浮かべていた。
少女が着替える前に来ていた服は随分と粗末なものであった。本来であれば上に重ね着するのが普通なくらい薄い長袖のシャツに、膝丈くらいのスカート。どちらも長い間着続けていたのか裾や袖口は擦り切れ、汚れも多く、シワだらけになっていた。
これではスラム暮らしの自分よりもずっと見窄らしいではないか。と女性は思い、すぐに服を作ろうと決めたのだった。
「ばあば」
女性が嬉しそうに見つめていると、少女が不意にそう声をかけた。「なあに?」と女性が返すと、少女は満面の笑みで、
「しゅき!」
と言った。その笑顔は、まるで雪の中に咲く花のように健気で、愛おしかった。
女性は思わず目を見開き、そして潤む目をそっと手で拭いながら、
「ええ、私もよ」
と答えた。
女性はとても複雑な気持ちであった。自分の作った食べ物と服で、暗い顔をした少女がこんなにも明るく笑ってくれたことは、何より嬉しかった。嬉しかったからこそ涙が滲んだのだ。だがしかし同時に、粗末な食事と新品でない服しか与えられない自分をふがいなく思い、そしてそれだけで、まるで天国にでも来たかのように喜ぶ少女が哀れで仕方なく思えた。
この子には、どうか幸せになって欲しい。女性は心からそう思った。
だから、いつかは自分から離れて一人で強く生きられるように、せめて基礎的な知識はしっかり与えなければならない。
そして、いつか自分よりも大切だと思える誰かに出会い、生きる目的を見つけられるように祈り続けようと、そう心に決めた。
少女は女性から小さな革の手袋を貰い、それから部屋の隅で雪遊びをして過ごした。幼い子どもが一人で外に出るのは危険な為に、外で思いっきり遊ばせてあげることはできなかったが、部屋の隅であれば室温が外気とほぼ変わらず、女性の目も届く。
最初の頃は雪玉を積み重ねて小さな雪像を量産して遊んでいたが、それだけでは物足りなくなったのか、次第に作品は大きくなり、五日も過ぎる頃には、木の板をそり代わりにして家の入り口周りから大量の雪を運び入れてくるようになった。
女性はいつか家の中が雪で覆われてしまうかもしれない、などと心配しながらも、ほほえましく思いながら少女を見守りつつ、売るための服を仕立てていた。
少女が来てから丁度一週間、女性は服を売る為に、行商人たちが訪れる町の大通りへ出かけた。勿論少女も連れて。
女性は服を抱えるため、少女と手は繋げない。服の裾をしっかり握っているようにとは言っているものの、少し目を離した隙にいつの間にかいなくなっていた、などということになっては取り返しがつかない。なので、少女の首に小石を入れた丸く歪めた空き缶を紐でかけた。少女が動けばカラカラと音を立て、鈴の代わりになる。これで、少女がちゃんとついてきているかがわかる。
小さな音を立てながら、女性と少女は目的の行商人がいつもいる場所へたどり着いた。行商人たちは見慣れた容貌の女性が近付いてくることに気がついて軽く手を挙げて挨拶をするが、すぐにその女性の裾を摘まんでついて来ている少女に目がいった。商人たちは驚いてお互いに目を見合わせた。
女性が服を手渡す。やや動揺しながらも、商人たちはいつも通り服を広げて検品する。古着ながら目立つ汚れも無く、いい部分を選んで仕立てられた服はどれも一定の質を保っており、丈夫な縫い目は言われなければ手縫いとは気づかないくらい規則正しい。いつも通りの数と質の服だった。
検品を追え、価格の計算に入った彼らは、再び横目でちらりと少女を見る。少女は視線を感じたのか、少し不安そうに、女性の裾を握る手に力が入った。
商人たちは目を合わせると、小さく苦笑を浮かべながら頷いた。
「いいんですか?」
女性は驚いた様子で商人たちに聞き返す。渡された金額がいつもよりも随分多く感じた、否、目に見えて多かったからだった。
商人たちの代表である男は、目を泳がせながら「それは、あれだ、いつも安定した供給をしてくれているからだ」といったようなことをしどろもどろに話した。その視線が時折少女に向いていることに気がついた女性は、値段の理由に気がつき、深々と頭を下げ感謝を告げた。隣の少女は不思議そうに女性を見て、それから真似をするようにぺこりと頭を下げた。
商人たちはどこか気恥ずかしそうに「ああ」やら「おう」などと言いながら、普段ならば場所を変えずに女性たちの方が去るはずだというのに、彼らの方が別の場所へと去っていった。
顔を上げた女性は嬉しそうにその背中を見つめた後、少女の頭を優しく撫でた。少女は不思議そうに女性の顔を見ていたが、撫でられたことが嬉しかったのか、ふわりと笑顔になった。




