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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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46.クシルブへ

 やや日が傾きかけた頃、リエティールが相変わらずぼうっと町並みを眺めていると、部屋の扉がノックされた。続いてソレアの呼び声が聞こえ、リエティールはかけていた鍵を外して扉を開けた。そこにはソレアだけではなく商人達も揃っており、どうやら夕食に向かうために声を掛けたようであった。

 時間が早めのためか席はどこも空いており、五人で広いテーブルの一角を確保し、夕食を取り始めた。幾つかあるメニューからリエティールが選んだのは、ワルクのケイツ──厚切りにした肉を焼いて味付けしたもの──で、昼にソレアから貰って食べた串焼きとはまた違ったものであった。固めなのは同じだが、火の通り方や味付けの違いによって、リエティールにはこれもまた新しい食べ物として楽しい食事となった。

 ワルクはよく取れる食材というだけあってか、それを使った料理は他にも幾つかあり、リエティールは全てを食べられないことを残念に思いながら、これから先こうして様々な食べ物と出会うことができるのだろうと考えると、次の楽しみとして取っておくのも悪くないと前向きに考えることにした。


 食事を満足に終えたリエティール達は、そのまま部屋に戻り身の回りを整えて明日に備えて布団に入った。


 翌朝、早く起きるのに備えて直ぐに布団に入ったはずのリエティールは、眠そうに目をこすって何度も欠伸をしていた。今日クシルブにつくと思うと、楽しみでよく寝付けなかったのだという。この町よりもずっと広く大きくて立派な光景を想像してみると、彼女にとっては夢のように思えるのだろう。

 実のところ、彼女が住んでいたドロクの町も大きく栄えていた町のはずなのだが、彼女がよく知っているのはスラムと商人と会う通りの一角のみで、正気を失った氷竜エキ・ノガードを追いかけて回った時には、阿鼻叫喚の状態であったために、町並みなど碌に見ることも敵わず、賑わっている様子など想像もできないのである。

 彼女がドロクの町から来た普通・・の少女だと思っているソレアには、彼女がどうしてそこまで興奮しているのか暫し理解するのに時間が掛かったが、単純にドロクの外に出たことが無かったからだろうと結論付けて納得していた。事実、それも一つの要因ではあった。


 寝ぼけたリエティールをソレアが抱き上げて乗せ、最後にソレアが荷車の後方に腰掛けたのを合図に、フコアックは町を出て再び街道を進み出した。

 街道には今までの道のりと違って人の姿が度々見られた。今となってはドロクに向かう商隊もいないのか、見られるのはエルトネばかりであった。

 クシルブには辺境の田舎の町から集まる駆け出しのエルトネが多く集まりやすい傾向があるため、若い者が多い。時折見られる、それなりに経験を積んでいそうな雰囲気のあるエルトネは、恐らく自主的に駆け出しのエルトネに危険が無いか見回っているのだろう。

 大きい町周辺の街道には、町から定期的に見回りの兵士が送られているのだが、彼らも戦闘能力は高いとは言え、魔操種シガムとの戦闘に関してはエルトネの方が慣れていることが多い。というのも、兵士は普段は町中での治安維持が主であり、街道の見回りも人間間でトラブルが無いかや、魔操種避けに異常が無いかなどの確認が主な目的である。そのため、こうして親切なベテランのエルトネの見回りというのも、街道を行き来する人々の安全に一役買っているのである。


 街道の整備が行き届いているためか、フコアックの揺れも少なく、リエティールがしっかり目を覚ますのには時間が掛かった。


「クシルブが見えてきましたよ」


 御者台からのその声に、ようやく目を覚ましたリエティールは、思わず荷車の前方に急いで寄って幌から顔を出した。視線の先には、立派な外壁に囲まれた巨大な町があり、リエティールは思わず感嘆の声を漏らした。

 その陰で、驚いて歩みを乱したエスロを、御者の商人が慌てて宥めていたことに、リエティールは気がついていなかった。その様子を、荷車の二人の商人とソレアは苦笑を浮かべて見守っていた。


 町の中へと繋がる門の外には、長めの列ができていた。リエティール達を乗せたフコアックは、その列の最後尾に並んだ。


「これは、何をしているのですか?」


 リエティールは御者台の商人にそう尋ねた。


「町に入る前に身体検査などをしているんだ。

 余所で問題を起こした者や、過去に問題を起こして町を追い出された者がいないか、怪しいものを持ち込む者がいないかが、主な目的だよ」


 それを聞きながら、リエティールは列の前方に目を凝らす。最前の門の辺りには門番らしき鎧と武器を身につけた人が立っているのが見え、列に並んでいる人に何かを話しかけている。暫くしてその声をかけた人を門の中へ入れ、次の人にも同じように声を掛けている。

 こうして列はスムーズに進み、リエティール達の番が回ってきた。


「次は……ああ、グレンデップさん達ですか。 災難でしたね」


 門番は二人居り、近くには詰め所の入り口も見え、そこにも何人かいるのであろう事が考えられた。その二人の内、御者の顔を見た門番は顔見知りだったのか、御者台の商人、グレンデップの顔を見てそう言った。どうやらドロクの町の閉鎖の事を考えて、引き返してきたことを察したようであった。そう言われたグレンデップは苦笑して頭を掻き、


「ええ、まあ……荷台の確認をお願いします。

 ソレアさん達も降りてください」


と言い、荷車の中から全員を下ろした。全員が降りたところで、門番はリエティールを見て「おや」と驚いたような顔をした。


「失礼、こちらの子どもは?」


 門番がそう商人達に尋ねる。忘れてた、というように顔を見合わせる彼らの様子を見て、疑われては良くないと素早く判断したソレアが間に入る。


「田舎の町からこちらへ向かっているところを偶然出会いまして、一人だと危ないだろうということで同乗させたのです」


 それを聞いた門番は「なるほど……」と言いながら、リエティールを見る。どうやらソレアのこともそれなりに知っているようで、彼の言葉をあまり疑ってはいないようであった。それから少しして、一人が荷車の検査に取り掛かり、もう一人が


「ですが、規則ですから、一応検査と質問はさせていただきます。

 名前をお願いします」


と尋ねた。


「名前は、リエティールです」


 それを聞いた門番は特に怪しむことも無く紙に記入していく。それから門番は詰め所にいた一人の門番に声をかけ、なにやら資料を受け取り、それをじっくり見る。恐らくあれが問題を起こした者のリストのようなものなのであろう。

 資料に目を通した後、兵士はリエティールにコートを脱ぐように言った。言われたとおり彼女がコートを脱ぐと、彼はそれを受け取って内側を確認する。リエティールは念のため、ソレアが持っていると知っている布で巻いたナイフと、硬貨の入った袋はそっと取り出して内ポケットに入れておいた。門番はそれを取り出しつつ、特に問題はないと判断して元に戻す。

 ナイフは十分凶器になりえる物ではあるが、エルトネや町の外を出歩く者が武器を持っているのは普通であり、ましてその中でも小さな少女が護身用に小さい刃物を持たされていても不思議ではない。加えてソレア達と共に行動していたというのも、門番にとっては安心できる要因の一つであった。

 全身を見回した後、「失礼」と一言断って背や袖周りなどを触り、簡易的な身体検査を行った。それを終えたところに、丁度荷車の検査を終えた門番が合流すると、お互いに顔を合わせて一つ頷き、


「問題ないようですね。

 ようこそ、クシルブの町へ!」


と門の中へ導くように腕を伸ばした。

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