44.屋台の食べ歩き
町の中には今までに通ってきた二つの町よりも多くの人がいて、立ち並ぶ建物の数も多く、道も凹凸が少なく、除雪もよくされていた。ただ、それでもソレアや商人に言わせて見れば所詮は中小規模の町でしかないらしく、クシルブはこれとは比べ物にならない程発展している大きな町らしい。
詳しく聞いてみると、どうやらクシルブはこの国の中でも主要都市に入る町のようで、王都には流石に劣るが、この周辺では最も大きく立派な町なのだという。
そんな町であるが故に、周辺各地の田舎町からは常に名高いエルトネを目指す者が訪れ、そこを拠点として名声を高めて有名になった、有力なエルトネも多いのである。
ソレアは中堅よりやや上程度の、それなりに実力のあるエルトネとしてそこそこ名が知れているらしいが、それでもそれらの有力なエルトネと比べるとまだまだ下であるらしい。
だが、上位の実力者はやはり依頼者側からすると中々依頼しづらい存在ではあるらしい。特に指定をせず依頼を出して、それを運よく強いエルトネが取ってくれればそれ以上のことはないのだが、個人指名だったり上位の者に限って依頼を出す、となるとそれなりの褒賞金が必要になるのだ。
依頼をこなしてほしいがあまり高額な褒賞を提示することができない、という人々にとっては、ソレアのような安定した実力のある中堅層のエルトネはありがたい存在であるようだ。
そのような話をしているうちに、フコアックは今回泊まる予定の宿屋に到着したようで、前回と同じように一人の商人が残り他の全員が宿の中に入る。
前回泊まった宿よりも確実に規模が大きく、ロビーには宿泊客であるエルトネや商人のような装いの人々が何人かいるのも見える。
リエティールが物珍しそうに辺りを見回しているうちに、商人は手早く部屋を取り終えていた。どうやら流石規模が大きい宿といったところか、ちゃんと五人部屋もあるようで、今回は悩むことなくその部屋を取ったそうだ。曰く、五人部屋があるのはこの宿だけらしく、ここがこの町の中で一番大きな宿であったようだ。
エスロとフコアックを所定の場所に移動させ、部屋に向かって休む、ということは今回はなく、まだ時刻は昼時であった。
昼食を取ろうという話になり、どうするかと話し合っていたところ、リエティールが町を見て回りたいと言ったことがきっかけで、商人達三人と、ソレアとリエティールの二人に分かれ、それぞれ気に入った店で食事を取ろうということになった。
町中を歩く際に、リエティールはソレアの服の裾を掴んだ。そこまで人が多いわけでもないが、彼女は無意識にそうしていた。ふとそうしていることに彼女が気づいた時、嘗て女性とそうして歩いていたことを思い出し、思わず目頭を熱くした。リエティールの手に力が入ったことに気がついたソレアが振り返ったが、彼女はふいと目を逸らし、町並みを見ているフリをして、目が潤んでいるのを見られないようにした。
通りには雑貨屋や武器防具を取り扱う店、食材を売る店などが目立ったが、小さいレストランや食べ歩きできるものを売る屋台などもあった。
リエティールが目をつけたのは屋台であった。店先から立ち上る食欲をそそる香りに目移りしながら幾つか見て回った。とは言えそこまで数が多いわけではなく、家畜であるネクチョクという無垢種の肉を串に刺して焼いていたり、同様に魔操種の肉や野菜を串焼きにしている屋台が数店、エトマーのドライグで出されたデューウェットと同じようなものが小さい器で売られている屋台や、飲み物を売っている屋台が並んでいる程度であった。
リエティールは迷った末に、ネクチョクの串焼きを部位を変えて三本、野菜の串焼きを一本、果物の果汁を使った果実水を一杯購入した。
ソレアはネクチョクよりも安くて量が多いという理由で、魔操種──詳しく聞いたところ、このあたりでよく狩られているワルクの肉らしい──の串焼きを五本、デューウェットを一杯、果実水を一杯購入した。串焼きの大きさを比較すると、確かにリエティールが買ったネクチョクの串焼きよりも、ソレアの魔操種の串焼きの方が数回り大きい。しかし、食用に育てられたネクチョクと比べると、肉質は固くそこまで美味しい物ではないらしい。ただ、不味いわけでもないので、量が食べたい食べ盛りのエルトネにとってはこちらの方が助かる食べ物であるらしい。
リエティールはその話を聞いて魔操種の串焼きの一切れを分けてもらった。確かに彼女が買ったネクチョクの肉に比べると固いが、スラムではまともな肉が食べられなかった彼女にとっては、程よく焼かれ味付けもされたそれは十分美味しいものであった。そのため、リエティールは自分もこっちを選んで節約するべきだったのではないかと若干の後悔をしていたのだが、それはソレアの知るところではなかった。
野菜の串焼きは、ニックパンプという黄色い野菜と、トルラックという赤い野菜が交互に串に刺さっており、ほくほくしつつも程よい歯ごたえと仄かな甘みがあり、リエティールはまたも初めて味わうそれに強い衝撃を受けた。スラムにいた頃食べたクズ野菜とは比較にならない、本当の野菜の美味しさを初めて知ったのであった。
ほんのりとした甘みと香りのある果実水もまた、今まで水しか飲んだことのないリエティールを驚かせた。傍からすれば果実水よりも比較にならないレベルの物を飲んでいた彼女であるが、彼女からすれば味があるというだけで、それはかなり価値のあるものであるようだった。
彼女らが買ったものはどれも安価で単純な作りのものであったが、それでもリエティールにとっては初めて食べる美味しい料理であった。それらを心の底から嬉しそうに食べる彼女のことを温かい目で見守るソレアの様子は、まるで父親でもあるかのように朗らかなものであった。




