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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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43.知らないこと

 無事野営を終え、朝を迎えた一行は再び街道を進み始めた。昨日のことがあったためか、リエティールは初めから荷車の後ろにソレアと並んで座っていた。

 そんな時、ソレアが何と無しに彼女に尋ねた。


「なあ、リー。 今更ではあるが、お前はこんな風に男に囲まれててなんとも思わないのか?」


 先日の宿の件や、同じテントで一晩過ごしたことから思ったのか、やはり男が年端も行かない少女を囲んでいるという状況はあまりよくないのではないかと考えた様子で、ソレアは少し心配そうにリエティールを見た。しかし問われた当の本人はというと、全く気にした様子もなく、


「どうしてですか?」


としれっと答えた。あまりにもあっけらかんとしたその返答に、ソレアの方が逆にどぎまぎしてしまった。

 リエティールは父も母も知らず、一人の女性と長い間過ごしてきた。その後は氷竜に拾われ、お世辞にも色々な人と関わりがあったとは言えない。スラムで暮らしていた時は、買い物は基本的に女性が一人で済ませてしまっていたので、会ったことがある異性というのはそれこそ商人達くらいであった。

 同年代の異性と交流することもなく、男女の違いというものを比較する経験もなく育った少女には、「幼い女の子が親類でもない大人の男数人と一緒にいる」という状況がどういうものなのか、客観的な判断ができなかった。彼女にとっての人の判断基準は、信用できるか否か程度のものしかない。つまり、危機意識など微塵もないのである。


 なんとなくバツが悪くなったソレアは、気まずそうに視線を逸らせながらも、こういうこともちゃんと教えておいてあげたほうがいいのだろうかと頭を悩ませた。ただ、大人の男がそういうことを幼い少女に教えるというのも良くない絵面であるし、それに教えたとして、リエティールが居心地を悪くしてしまうというのも良くないと考えると、余計に悩みが膨らむだけであった。


 ソレアがそんな風に頭を抱えていることなど、他の誰も露知らず、フコアックは順調に街道を進み、昼頃には町が見えてきた。


「あ、人がいる……」


 リエティールは街道から離れたところに複数の人間ナムフが固まって行動しているのを見た。其々が剣や弓などの武器を携えていることが遠目にも分かった。


「ああ、あれはエルトネのパーティだな。 この辺りの見回りを受け持っているんだろう」


 考えることを止め、いつもの状態に戻っていたソレアがそう答える。

 彼曰く、見回りがいるということは大きな町に近付いているという証拠であるという。実際に、今見えている町を越して一日もすれば目的地であるクシルブに着くのだそうだ。


「町や街道には魔操種シガム避けもあるが、ああしてそれなりに戦うことのできるエルトネが周囲を見回ることでより安全が確保される。 魔操種避けの範囲を少し外れたところに魔操種が潜んでいるということも有り得るからな」


 視線の先のエルトネは確かに街道からは大分離れているが、持っている武器が分かる程度には大きく見える。つまりあれくらいの位置までしか魔操種避けは効果が出ないということである。

 近付いてこないとは言え、何らかの理由で街道を逸れなければならない場合の安全のため、そして戦う力を持たない人が魔操種の姿を見て怯えてしまわないためにも、あのような直接の見回りは欠かせないものであった。

 リエティールが感心しながら見ている先で、エルトネの集団は場所を移動し始めた。そんな様子を目で追っていると、少しずつ周囲がにぎわってきていることに気がつき、リエティールが前方を振り返ると、町が随分と近づいているのが見えた。

 町の様子に心をときめかせていると、突然フコアックが止まった。何事かと耳を澄ますと、なにやら御者台の商人が誰かと話しているようであった。場所を変えて覗き込むと、どうやらドロクに行こうとしていたエルトネとすれ違ったらしく、ドロクには今行けないという事を伝えていたらしい。


「そ、そんな……」


 そう言って項垂れているのは若い男のエルトネのようで、防寒具を着込んではいるが、その中にはまだ新しそうな装備を身に纏っている。ベテランでもなければ中堅といった雰囲気もない、いかにも成り立てというような雰囲気のエルトネだ。

 リエティールの見ている横で同じようにして様子を窺っていたソレアは、なにやら彼を不信がっているようであった。それから直ぐに荷車の前方から顔を出して直接話しかけにいった。


「なあ、お前さん、まだ駆け出しなんじゃないのか? なんだってドロクになんか行こうとしてるんだ?

 入れないって知らないってことは、碌に情報も集めず、しかも見たところ一人だろ? 言っちゃ悪いが、いくら魔操種が出ないとは言え環境の悪いドロクに近付くのは危険すぎる」


 ソレアにそう言われた若い男は、悲しそうな顔を上げるとこう返した。


「違うんです、僕はドロクの出身なんです。

 小さい頃から強いエルトネになりたくて、ドロクは登録できるドライグがないから、クシルブまで出てきて登録してきたんです。

 それで、この間初めて魔操種を倒して、それでその素材を使ってアクセサリーを作って、故郷の母にお土産として持って帰ろうと思って急いで……」


 彼はそう言うと不安そうに再び俯いてしまった。それを聞いた商人とソレア達も、気の毒そうな顔になる。

 早く伝えたいがために気が急いて、情報収集を怠ってしまったのだろう。それに話の内容から、ドロクの町を出てきてそう日数は経っていないようである。まさか数日のうちに帰れなくなっているとは思わなかったのだということは理解できる。


「それは不運だったな……。 まあ、国の調査が無事に終わればドロクには帰れるだろう。 長い時間は掛かるだろうが、その間にもっと功績を作って土産話を持って帰るつもりで頑張るといい」


 ソレアがそう励まし、言われた男も、土産話を作るために頑張ろうと決めたのか、少しだけ元気の出た顔で「頑張ります」と答えた。


 それからフコアックは再び進み出したが、その中で一人、リエティールだけが沈んだ暗い気持ちでいた。

 彼女はもう、恐らく彼の家族が無事ではないということを知っているからだ。それを知らず再び前を向いた彼が、ドロクの町の惨状を知ったら、どう思うだろうか。深く絶望してしまうのではないか、悲しみゆえに心を壊してしまうのではないか、とただただ心苦しかった。

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