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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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42.無垢種と魔力

 少しずつ日が傾き、辺りが赤色に染まってきた頃、商人達はフコアックを街道から逸れた場所に止めて野営の準備に取り掛かった。荷車の中から薪と簡易テントを取り出し、設置していく。特に難しいこともなく、やる事のなかったリエティールは、フコアックの前側に周り、つながれているエスロの様子を見てみることにした。

 繋がれている一頭のエスロは、リエティールの二倍ほどの高さがあり、全身は綺麗な茶色の毛で覆われている。体形はスラリとしているが、足などを見ると太く筋肉質であることが分かり、長距離移動を苦ともしなさそうであった。

 よく訓練されているためか、大人しく立ち止まっているエスロに、リエティールは驚かさないように大回りでゆっくりと近付いていく。

 三メールという程度か、それ程まで近づいていない時、不意にエスロは少女のほうを振り向き、お互いの視線が合った。その瞬間であった。


「ヒヒィーン!」

「ひゃっ……」


 突然エスロが嘶き、暴れ出したのである。リエティールは驚いて思わず尻餅をつき、その声を聞きつけた一人の商人とソレアが慌てて荷車の後方から走ってきた。


「どうした! 大丈夫か!?」


 そう言いながら、商人はエスロの手綱を手に取り「どうどう」と落ち着かせようとし、ソレアは座り込んでしまったリエティールの手を引いて立ち上がらせた。


「一体何があった?」


 ソレアがリエティールにそう尋ねる。


「ちょっと近付いたら、目があって、それから急に……」


 リエティールにとっても、そこまで近づいていないのに急にエスロが暴れ出したことに戸惑いが隠せない。

 その二人の会話に、エスロを宥めた商人が入り込む。


「実は、数日前……丁度、エトマーの町を出る時から、フコアックに乗り込むと、こいつは落ち着きがなかったんです」


 そう言って彼はエスロの背を優しく撫でる。商人によって今はすっかり落ち着きを取り戻しているエスロではあるが、落ち着きがなくなったのは突然の出来事ではないようだ。落ち着きがないことには気がつきつつ、歩かせる前にちゃんと宥めていたため、今までは問題が起きなかったようだ。


「ごめんなさい……」


 リエティールはそうとは知らず、不用意に近付いてしまったことがエスロの気に障ってしまったのだろうと考え、小さくなって謝った。その様子を見た商人は慌てて、


「いや、ちゃんと伝えておかなかった私の方が悪かった。 そう落ち込まないでくれ」


と慰める。ソレアも肩に優しく手を添えて励ました。

 商人はそれにしても、と視線をエスロに戻す。彼曰く、今までこのエスロがこのように落ち着きをなくしたり、誰かが近付いた程度で暴れたりすることはなかったそうだ。せいぜい、知らない人が触れようとしてきたときに嫌がって払い除けようとする程度だという。

 それにリエティールは十分気をつけてゆっくりと遠目から近付いていたのだから、そう刺激することにはならなかったはずである。商人は首を捻りつつ、


「とりあえず、嬢ちゃんはあんまりこいつには近づかないようにしておいた方がいいかも知れん。 目があった時に暴れ出したのなら、目線もあまり向けないようにな」


と注意した。リエティールは弱弱しく「はい」と返事をし、ソレアに手を引かれながら後方に戻ることになった。その途中、ソレアは商人に聞こえないように小さな声で彼女に話しかけた。


「もしかしたら、お前の魔力に反応したのかもしれないな」

「魔力?」


 リエティールが不思議そうに聞き返すと、ソレアは小さく頷く。


無垢種ラミナ人間ナムフと同じで魔力は持たないが、そういうものを感じ取ることはできるらしい。

 商人や俺は魔法は使わないが、リーは強い魔力を持っているんだろ? 普段はあまり近くで感じない感覚に驚いたっていう可能性がある。 目が合うっていうのが余計に強く感じるきっかけになったのかもしれないな」


 そう言われ、リエティールは考える。確かに、彼女はソレアが思う以上の魔力を持っているので、無垢種が反応して緊張することは十二分に有り得る。それに、命玉サールが左目から生まれるということを考慮すれば、目を合わせることでより強く感じ取る、ということにも納得がいく。


「……やっぱり、私のせいでストレスとか、感じてるのかな……」


 リエティールが落ち込んだ様子でそう呟くと、ソレアは「だから気にするなって」と声を掛けて元気付けた。


「ここまで大丈夫だったんだし、今のところ道のりは順調だ。 クシルブまでのもう少しの間は我慢してもらうことになるが、そう時間は掛からないさ。

 仕方の無いことだ、そう気に病むことじゃない」


 だからそういつまでもしょぼくれるな、とソレアは軽くリエティールの背中を叩く。なんとなくすっきりとはしないながらも、リエティールは頷いて、フコアックから離れた場所で設営の様子を見守ることにした。


 それから日が暮れ、五人は焚き火を囲み、夕食として干し肉をその火で炙って食べ、昨日泊まった町で買った筒入りのプオを温めて飲んだ。

 その後はフコアックの荷車に二人の商人が、テントの中に一人の商人とソレア、リエティールが入って、彼女を除く四人で交代で火の番をしながら眠ることになった。当初の予定では荷車にソレアとリエティールが入る予定であったのだが、先ほどのこともあり少しでも離れているほうがいいだろうということで変更になった。

 ちなみに、寝袋は四人分しかなかったため、リエティールに譲ったソレアは防寒用に用意していた薄い毛布を何枚も体に巻きつけて眠った。

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