40.遭遇
寝ぼけたままの少女を乗せてフコアックは街道を進んでいた。街道とは言え人通りの少ないここでは、車体はガタガタと揺れる。大き目の石にでも車輪がぶつかったのか、ガタンと一層大きく揺れた拍子に彼女は頭を壁にぶつけて目を覚ました。ぶつけた場所を摩りながら欠伸をして、彼女はゆっくりと後方へ移動する。昨日と同じようにソレアの横に並んで外の風景を眺めることにしたようであった。まだ眠たそうな彼女に、ソレアは苦笑いを浮かべながら「落ちないように気をつけろよ」と声をかけた。
そうして何事もなくフコアックは進み、そろそろ昼食かと言ったところで、ソレアが街道の脇に何かを見つけた。
「止まれ、魔操種だ!」
その鋭い声に、御者の商人はすぐに手綱を引いてエスロを止め、幌の中へと飛び込む。隣にいたリエティールもその声に驚いて思わず後ずさる。
それとほぼ同時に、ソレアは腰に提げた剣を引き抜くと、荷車を蹴って飛び出していく。
「コアアアァァッ!」
そう甲高い声が響き渡り、商人達は緊張したように体を強張らせ、リエティールは何が起きているのか気になった様子で、そっと幌の隙間からソレアの飛び出して言った方向を覗き込んだ。
そこにいたのは、体長はおおよそソレアの腰辺り、全身が白に近い灰色で、そこに濃い灰色の縞模様が入っている、巨大な鳥型の生き物であった。
一見ただの無垢種の鳥に見えるが、翼が二対、つまり四枚の羽を持っており、かつその翼を羽ばたかせるたびに、鋭い羽根が矢のようにソレアに向かって飛ばされている。それは風の魔法であった。
「この声、このあたりだとワルクか?」
「ワルク程度なら、ソレアなら大丈夫だろう」
その光景を見ている少女の背後では、落ち着きを取り戻したのか商人達が魔操種の推測をしている。その話しぶりから、どうやら今までも何度か遭遇したことがあるらしく、ソレアも戦って勝ってきた様であった。
商人達の考え通り、ソレアは剣を巧みに操り、飛んでくる羽根を切り落としながらワルクへ切りかかる。一つの翼を切り落とされたところで、ワルクは再び甲高い声を上げる。それに怯むことなくソレアは剣を振り上げ、それが逃げようとする前にその背に剣を突き立てて止めを刺した。
「ガア、アッ」
そう呻き声を上げ息絶えたワルクを、ソレアは剣を収め、腰のポーチから取り出した縄で手早く縛り上げる。
それを持ってこちらへ戻ろうと向きを変えた彼の背後で何かが動くのを、リエティールは見た。岩陰から飛び出したそれは、もう一羽のワルクであった。狡賢くも、それはソレアが油断して背を向けるのを待っていたのだ。
ソレアは気がついて振り向くものの、剣は既に収めてしまっている。手に持ったワルクを投げ捨てて直ぐに引き抜くにしても、新手のワルクは既にソレアに向かっている。初撃を剣で受け止めるには抜く猶予が無かった。
リエティールはその束の間に、考えるよりも早く、ソレアを助けなければという思考の元に行動を開始していた。
時空魔法を自分に掛けて動作を加速。次に掌に小指の先程度の大きさの氷の鏃を生み出す。そして慎重にワルクへ狙いを定め、その鏃に指向性を持たせて打ち出し、それ自体にも魔法を掛けて加速させる。普通であればそれは直ぐに地面に落ちてしまうところであったが、少女自身の加速と鏃自体の加速が相まって、風を切る矢の如き速度で飛び出し、一直線にワルクへと向かう。体のどこかに当たれば良いと考えていたそれは、見事ワルクの胸付近へと命中した。
「ゴガッ!?」
小さくはあるが、尖った形状と速度によりその威力は凄まじく、見事突き刺さった痛みと衝撃でワルクは怯み、ソレアに到達する前に速度を緩めた。ソレアはその隙を逃さず、すぐさま引き抜いた剣で首の付け根を突き刺した。ワルクはその一撃で断末魔を上げ、そのまま息絶えた。
「っ……! はあ、はあ……」
自らに掛けた時空魔法を解くと、リエティールは呼吸を荒らげた。実のところ、今の彼女には時空魔法の行使は非常に負担が掛かるものであった。
氷竜の主属性はあくまでも氷であり、時空の属性は副次的なものであった。その上、いくら継承をしたとはいえ、継いだばかりの彼女はまだまだその力を使いこなせず、多くの制限が掛かっている。一度に使える魔力量は人並みより格段に多いが、時空魔法を使うには少なすぎるのであった。手が一つ入る程度の時空の入り口を開く程度であればさほど問題ではないが、彼女が一人入れる程度の穴を開けるとなるとどっと疲れが出る。
今回のような加減速を起こす使い方は特に消費が激しく、数秒だけで息が切れるほどである。強力な属性であるが故に、今の彼女への負担は甚大であった。
リエティールが魔法を使って行った一連の動作は、背後にいた商人達からはよく見えていなかったようで、彼女が息を切らしたのは緊張が解けたからだと思っていた。そのため、彼らは「ソレアならそこまで心配はいらんさ」と励ますような言葉を掛けた。実際、あのまま剣を抜く前に衝突していたとしても、腕の防具で攻撃を防ぐことは可能であった。強い衝撃は受けただろうが、今後に支障が出るようなものでもなかった。
だが、魔操種に人間が襲われるという出来事がはじめてであったリエティールにとっては、そのようなことまで考えが至らず、ただ危ないと感じたことで反射的に行動してしまったのである。
迂闊な行動はよくないとソレアに注意されたことを思い出し、少女は落ち込んでしまったが、商人達にはどうして落ち込んでしまったのか分からず、ただ当惑するのみであった。




