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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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398.貫く咆哮

「な、なんということだ! あのクネロスが棍棒を取り落とすほどの攻撃!」


 それまでいくら攻撃を受けても揺るがなかったクネロスが棍棒を取り落としたとして、司会も観客も大いにざわめいた。


「いいぞリー!」


 そんな中、客席で一際盛り上がっている一角があった。握り締めた拳を突き上げ立ち上がり、目を輝かせながら声援を送る。


「流石リーっす!」


「見事に隙をつきましたね」


 その一角を構成するのは三人、イップとエイマ、そしてアルモックであった。

 イップとエイマの二人は、昨日知り合い共にリエティールの応援をするということも知っていたため、会場の入り口で落ち合い二人一緒に席に座っていた。

 その隣に、偶然にもアルモックが座ったのである。

 二人と一人は互いに面識がなかったため、その時点では特に言葉を交わすこともなかったが、試合開始の直前にイップが「リー」と発言したことで、アルモックが意識を向けた。そして会話の中に槍という単語が出てきたこともあり、アルモックはリエティールのことかと考え話しかけたのである。

 結果、三人はリエティールの応援をするという目的の一致から意気投合し、それからずっと応援を続けていた。


「それにしても凄いっす! さっきまでビクともしてなかった相手の武器を落とさせるなんて簡単じゃないっすよ」


「そうだな。 それまででいくらダメージを負っていたとはいえ、あれは一番でかいダメージになったんじゃないか?」


 イップの言葉にアルモックも続けて同意する。更にエイマを頷いてこう言った。


「肩の関節部分を狙った的確な一撃です。 戦いの最中で素早く正確に弱点を見抜き攻撃できるというのは、そう簡単なことではありません」


 クネロスが棍棒を取り落としたことで、それまで攻撃していた選手達も驚いてリエティールに目を向けていた。

 リエティールはいずれクネロスと戦わなければならないと考えており、確実な一撃を入れられる瞬間を外から窺っていたのだ。

 青年がダウンし、選手達の攻撃をある程度受け、警戒心が薄れたタイミングで、リエティールは仕掛けたのである。その企みは見事に成功し、クネロスは避けることが敵わず狙い通りの一撃を受けることとなった。

 クネロスが驚いている間にも、リエティールはすぐに動き、落ちた棍棒を遠くに蹴り飛ばした。


「真剣勝負に情けは要らないっす! ……リー、中々冷酷になったっすね……」


「まあ、容赦したら負けちまうって思ったんだろ。 それだけあいつも真面目にやってるってことだ!」


 最初は興奮気味に口にしたイップであったが、後半はどこか複雑そうに言った。彼の中にあったリエティールのイメージと少し違っていたのだろう。喜ぶべきか悲しむべきか、迷うように苦笑していた。

 そこにアルモックがフォローを入れる。彼は純粋にリエティールが迷いなく戦っていることに感心を覚えていた。


「木製とは言え、あの棍棒もかなり重いはずです。 それをあれ程強く蹴り飛ばすとなると、リエティールさんの筋力は僕が考えていたよりも強いようですね」


 そんな中、エイマは一人冷静に観察していた。


 棍棒を蹴り飛ばした後、リエティールは槍をひと薙ぎして周囲の選手達を遠ざけつつ、クネロスから一定の距離を取って様子を窺っていた。

 クネロスはリエティールの方へ振り向いた。最初は驚きに染まっていたその表情も、今は戦闘意欲に燃え、青年と相対したときのように楽しさを感じていた。


(武器は、多分もう大丈夫……でも、きっと腕力は凄まじい)


 武器がなくなった相手といえど、それまでの攻撃の威力から、例え素手であっても生半可な威力の攻撃ではないことは、リエティールも容易に想像できた。

 槍を握る手に力を込め、腰を低く落として構えの姿勢を崩さず、警戒心を保ちながらクネロスの出方を窺う。


「……!」


 クネロスが腕を振りかぶり、硬い握り拳が空高く持ち上がる。そしてそれが振り下ろされると同時に、リエティールは地面を蹴って飛び上がるようにして回避した。


「うわっ!?」


 周囲のエルトネ達は、拳が地面と衝突したことによって起きた振動によりその体をよろめかせた。もしも地面を走って避けていれば体勢を崩していた恐れがある。


「なら、これはどうだ?」


 そう言い、彼は拳を再び持ち上げる。今度は先ほどのようにまっすぐ上ではなく、後ろ斜め上であった。


(次は横薙ぎ……!)


 構えからそう判断し、リエティールは間合いを取る避けの体勢に入る。棍棒がない分、クネロスのリーチは短い。この攻撃を避けるのは難しくないと、リエティールは落ち着いていた。


「っらあぁっ!!!」


 大きな雄叫びと共に拳が振り下ろされる。予測通り横薙ぎの一撃であった。が、その速度は想像以上のものがあり、巻き起こされた風圧が荒れた舞台上で砂を巻き上げた。


「くっ……」


 砂埃に思わず目を細めたリエティールはつい動きを止め、次の瞬間驚愕に目を見開いた。


「うぉぉおおぉぉぉ!!!」


 砂埃の中を突き破って現れたのは、激しい咆哮と共に拳を構えて突進するクネロスの姿であった。

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