397.尽きない戦意
一人突出して目立つ存在がいると、他の人々はその一人を倒そうとする。イップの時もエイマの時も、タイミングや規模は違えど同じように状況が動いていた。今回も同様であった。
この状況はリエティールにとって都合が良かった。もしクネロスがいなければその標的は遅かれ早かれリエティールになっていただろう。
クネロスの周囲にいた選手達がやる気を出し声を上げたことで、それまでクネロスから意識を外していた選手達もそちらへと意識を向け始めた。その中にはリエティールに攻撃を仕掛けようとしていた者もいる。
クネロスが圧倒的に目立っていたが、リエティールもその次ぐらいには周囲の選手達から注目を集めていた。その注意が離れたことで、リエティールには落ち着く猶予ができていた。
「すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をして思考を整え、冷静になって状況を見る。
青年が動き出すよりも先に奮い立った選手達が一斉にクネロスに対して攻撃を仕掛け始めていた。当然クネロスもこれを黙って受けているわけではなく、棍棒を振るって応戦する。複数人がまとめて餌食になるが、塊となっている為重く、先程までのように一気に場外へ飛ばされる被害はほぼなくなっていた。
やはりクネロスの肉体が揺らぐことは無かったが、それでも四方八方から飛び出すひっきりなしの攻撃はその体を打ち続け、無意味ではないダメージを与えていた。
「……」
その状況を変えようとしてか、クネロスはそれまでの棍棒の振り方よりもより大きな構えを取った。棍棒を捻るように背後に振り上げると、胴体はガラ空きになる。当然選手達はそこに対して猛攻を仕掛けるが、クネロスは動じず力を蓄える。そして、
「……だあぁっっ!!!」
と、激しい咆哮と共に棍棒が振り回された。棍棒は円を描くように一周し、その威力はそれまでの一撃よりもさらに増した凄まじいものであった。クネロスの周囲、棍棒が通った後は人が消え空間ができていた。一番最初に棍棒と衝突したエルトネは、吹き飛んだ先で完全に気を失っていた。
「うぅ……」
「なんて威力だ……」
「あんなの喰らったら……」
呻き声と共に再びクネロスに対して恐れる声が上がる。それでも戦意喪失する選手が出てこなかったのは、青年による鼓舞が効いていた影響だろうか。
その中心でクネロスは選手達を見下ろす。表情からは声に出さずとも「その程度か」という声が聞こえてくるようであった。
このままやはりクネロスが他の選手を吹き飛ばして終わるのか、という空気が周囲に漂う中、クネロスの背後から強大な殺気が漂った。
「はあああぁぁぁぁっ!!!」
「……ぐっ!?」
クネロスがそれを察知して振り向くよりも先に、その殺気の主、青年が剣を背に叩きつけていた。
青年の全身全霊を込めた一撃は、その試合の中で初めて、クネロスの体をよろめかせた。だが、
「っ……!」
食らわせた後、青年は崩れ落ちるように膝をつき、それでもなお剣を杖にして立ち上がろうとしていたが、脚も腕も力が入らず動けなくなっていた。
闘志は尽きていなかったが、体は既に限界を迎えていた。誰が見ても戦闘不能状態であることは明らかであった。
そんな青年をクネロスは掴み上げて、取り囲んでいた選手達に向かって軽く放った。投げられた先にいた選手は慌ててそれを受け止める。受け止めた選手は困惑の表情を浮かべたが、ちらりとクネロスの表情を伺いみると、その鋭い視線に縮み上がり、慌てて青年を後ろへと運び出していった。
クネロスのその行動は、青年に対しての敬意の表れでもあった。それまで彼は自分の倒してきた相手のことなど気にも留めたことは無かった。しかし、青年に対しては戦うことの楽しさを感じさせてくれたことに少なからず良い印象を持っていた。そしてその青年がいずれ良き戦士となるであろうとも感じていた。それ故に、治療が遅れて今後に支障が出てはという思いから、すぐに退場させようとしての行動であった。
青年を抱えた選手が去ってから、その視線を他の選手達に向ける。青年が脱落したことで動揺しているのだろう、選手達の間にはざわめきがあった。
来ないのであればこちらから、とクネロスが棍棒を振り上げながら一歩進むと、逆に選手達は吹っ切れたように再び攻撃を始めた。
「うわああぁっ!!」
「ぎゃっ!!」
吹き飛ばされ、あるいはその場で倒れ、選手達は数を減らしていった。果敢に挑めどやはりクネロスの暴力的な攻撃と屈強な肉体には敵わず、決定打が出ずにいた。
やはり、こんなものか、とクネロスは心の中で青年と戦った時の高揚感が薄れていくのを感じていた。それまで何も感じてこなかったが、一度知ると物足りなさを感じるようになっていた。
全身に痛みはあるが膝を折る程ではない。武器を振るう腕にもまだ余裕がある。選手達を一人残らず蹴散らし、最後の一人となるまで立っている余裕がある、と彼は確信していた。
「……!?」
そんな時、彼は背後に薄ら寒いものを感じた。青年の時の、強い意志の込められた殺気とは違う、ただ倒すことだけを考えた冷たい気配、そのようなものであった。
それを感じた時、クネロスはまさに攻撃の為棍棒を振り上げていた時であった。振り上げていた方向は右後ろ、対して気配が迫ったのは左後ろ。方向が真逆であったため、反応はできても動きが間に合わなかった。
「がっ……」
右肩に受けた鋭い一撃はクネロスをよろめかせ、棍棒を取り落とさせた。




