392.高鳴る舞台
それからというもの、控室の中はピリピリと張りつめた空気で満たされていた。後からやってきた選手は部屋の中心で武器を振るうクネロスの姿を見ると、まず驚き、次に恐怖に染まるか怪訝に眉を顰めるかのどちらかであった。
一度、正義感が強いのかクネロスを止めようと声をかけようとしたエルトネが一人やってきたが、口を開いたところで、近くにいたクネロスをよく知っているであろうエルトネが慌てて抑え込んだ。抑えられたエルトネは何をすると言わんばかりに睨みつけたが、抑えた方のエルトネはただ静かに落ち着いてくれと頼みこむばかりであった。
程なくしてその騒ぎも落ち着いたが、部屋の中の空気は変わらず落ち着くことは無かった。
そんな状態で時間だけが過ぎていく中、部屋の外からスタッフが呼びかける声が聞こえてきた。
「選手用観覧席が開放されました。 間もなく第一試合の選手移動も始まりますので、試合観戦を希望される方は早めに移動をお願いします」
それを聞くと、これまで顔を俯けていたエルトネ達がはっと顔を上げる。そして待ってましたと思うが早いか、一斉に部屋の外へ向かって駆け出していった。外からスタッフの「危険ですので押し合わないでください!」という声が響く。
結果、この部屋の空気から一刻も早く逃れたいエルトネ達が大勢部屋を出て行き、残ったのは中央で我関せずと武器を振るい続けるクネロスと、リエティールを含んだ数名のエルトネのみであった。
残ったエルトネは、足がすくんですぐに動けなかった者、クネロスに関与しないよう周囲へ向ける意識を遮断していた者、プレッシャーに耐え敢えてここに残った者であった。
リエティールは敢えてここに残っていた。というのも、第一試合を観戦して無駄に体力を使ってしまえば、本番に万全のコンディションで出られないと判断したためである。昨日一日の試合観戦で、それだけ
体力を消耗することを知っていた。
もしもこの部屋にクネロスが来なければ、今出て行ったエルトネ達も同じように考えて大半が残っていたであろう。
(それに、プレッシャーだけでこの人に負けてたら、試合でも絶対負けちゃう……)
心の中で自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと呼吸をして体調を整える。終始膝の上にいるロエトも、リエティールの集中を乱さないように気を使い、僅かも動かずただじっとその様子を見守っていた。
談笑することもできない、気の休まらない控室での時間と言うものは、とてつもなく長く感じるものであった。
第一試合が始まる時まで、部屋の中はあまりにも静かで、クネロスの動く音以外には隣の部屋から漏れている話し声くらいしか聞こえるものは無かった。
やがて第一試合の準備が始まり、部屋の外を大勢が移動する音が聞こえ、それが過ぎると今度は試合会場で開始を告げる司会の声が聞こえてきた。
湧き上がる観客たちの声も、激しい戦いの音も、それを煽る司会の声も、全て聞こえてきていたが、この控室の中では騒ぐことができなかった。
昨日まではあれだけ楽しいものであった時間が、これほど辛いものになるとは、とリエティールはクネロスを睨んだ。
「!」
すると、両者の目が合った。偶々であったのか、視線に気が付いたクネロスが見たのかはわからないが、視線がぶつかった。リエティールは不意のことに驚き、クネロスも何を思ってか一瞬動きを止めたが、すぐに目を離して再度武器へと意識を戻した。
リエティールは今までより少し大きめの息を吐きながら、早くこの時間が過ぎてほしいと祈り、槍を握り締める手に力を入れるのであった。
「──、第二試合準備開始です。 参加選手は移動を開始してください!」
ハッとして顔を上げたリエティールは、慌てて立ち上がった。いつの間にか第一試合は終わり、第二試合が始まろうとしていた。ずっと部屋の中央を陣取っていたクネロスも移動を始めており、今までここに残っていた他のエルトネ達もいつの間にか姿を消していた。
「ロエト、行ってくるね」
「フルルゥ!」
ロエトにそう声をかけてから、リエティールは悠々と歩くクネロスの脇をさっと通り抜け、部屋の外に出た。外には案内のスタッフが声を張って選手達の誘導をしていた。
その流れに沿って会場へと向かっていく。近づくにつれて静かだった鼓動が漸く高鳴り始めた。試合開始を待つ観客の声が大きくなる。
本来は控室にいる時からこの気持ちを感じていたのだろう。そんなことも考えながら、リエティールは太陽光の差し込む出入り口へと歩を進める。
「……っ!」
ざっと降り注ぐ陽光に一瞬目を細め、リエティールは改めて前を見据える。脚は止めずに、目前に広がる広大な舞台、取り囲む観衆、いよいよこの場に自分が立ったのだと、一段と鼓動が大きく早くなる。その高揚感は古種と対峙した時とよく似ていた。
この戦いは自分にとって大切な経験になると、改めて感じたリエティールは、再びグッと槍を固く握りしめ、舞台の上を歩いていくのであった。




