391.傍若無人
案内に従って闘技場の中に入ると、まず目に飛び込んできたのは、大勢のエルトネが複数の列に分けられて並び、それを忙しく捌いている運営スタッフの姿であった。
見ているとリエティールの順番もすぐに回り、指示に従って先へと進められていく。
まずは名前と顔、そして数字の書かれたバンドを確認する。次に全身の身体検査兼持ち物検査が行われる。武器を持っている者はここで一度回収され、試合後に返却されるようになっているようであった。明確な武器以外にも、殺傷能力があると判断されたものも回収されるそうで、リエティールより数人前位に並んでいたエルトネが、棘のついたグローブを回収されたことに声を荒げ拳を振り上げたため、数名のスタッフにより取り囲まれて列から外されていく姿が見えた。
そして最後に、登録時の情報に基づいて用意された武器が支給される。リエティールの場合は「霊獣種」と「槍」と記載していたため、初戦では霊獣種の使役はできないという再三の注意を聞かされつつ、槍のみが渡された。
渡された槍は一般的な女性向けのモデルの様で、装飾は無くシンプルな物であった。穂先は刃が潰されている為、全体的に見ると槍というよりかは先端を重くした杖のようであった。
武器を受け取った後は、案内された控室へと向かう。ちなみに、控室のある廊下を一番奥まで進むと、当日の選手専用の観客席に行くことができるようであった。
「ここ、かぁ……ふう、よし」
まだ試合が始まるわけでもなく、ただ控室の入口をくぐるだけでも緊張していたリエティールであったが、後からも続々とやって来る人がいるため詰まらせてはいけないと、意を決して中に入る。
中に入ると至る所にエルトネがいた。緊張しているのか壁際で体をこわばらせている者、あるいは緊張をほぐすように腰掛けて目を閉じ瞑想している者、支給された武器のコンディションを確かめるために様々な姿勢で武器を持ち直している者、最後の最後まで鍛錬を怠るものかと筋力トレーニングに励む者等、各々が自分のために個々の時間を過ごしていた。
騒ぎもなく、注目をされることもなく、少しだけ安心したリエティールは、そっと部屋の隅の開いている場所を探して落ち着くと、部屋の前ではできなかった深呼吸をした。そして、緊張を紛らわせるように支給された武器を眺めていた。
ここにいる者は皆敵同士。これから本番を控えている身ではあるものの、開会式の時とほとんど変わらず、ピリピリとした雰囲気はなかった。
何事もなく試合開始を迎えられそうだ、とリエティールは安心していた。
しかし、次の瞬間、その部屋の空気は一変することとなった。
「えっ?」
誰かのその声を皮切りに、複数のエルトネが視線を一点に向けて驚愕していた。それから続々と「まじかよ」「嘘だろ」という、驚きだけではなく不安や困惑も入り混じったざわめきが部屋の中に響いた。
当然、リエティールもその異様な雰囲気はすぐに感じ取り、武器に向けていた視線を上げ、エルトネ達に倣って部屋の入口へと注目する。
そこにいたのは、形容するのであれば岩山のようなごつごつとした巨体の男であった。その顔の厳つさと言えば、リエティールはデッガーを思い浮かべた。
デッガーの顔の怖さを飢えた野生の肉食獣とするのであれば、この男の顔は肉食獣と取っ組み合いの喧嘩をして引き分けそうな、頑強な草食獣といったところである。
彫が深く影を落とした目が、入口近くにいた一人のエルトネを見る。
「……どけ」
「ひっ!」
地鳴りのような声でそう言われ、エルトネは飛び跳ねるような勢いでその場から退く。その後も無言のまま直進するだけで、その進行方向にいたエルトネ達は風に吹かれた草のように左右に避けていく。
そして部屋の真ん中を陣取ると、周りのことなど意に介さず、武器を振り回し鍛錬し始めたのである。
「最悪だ……よりにもよっていきなり爆砕姫親衛隊長なんて……」
傍若無人な振る舞いに顔を顰めていたリエティールの横で、瞑想をしていたエルトネが頭を抱えてそう呟いた。
「あの、あの人って有名な人なんですか?」
リエティールが尋ねると、そのエルトネは本人に聞こえないように小声でこう言った。
「そうかあんた、他所から来たんなら知らなくても仕方ないな……。 あの人はクネロスって言って、とんでもない人さ。 怪力で魔操種を粉々にしてくるから、一度も素材を納品したことがないって話だ。
ああ……唯一の救いは支給された武器が木の棍棒ってことだな……死にかけそうだが死にはしないだろう……うう……」
そう言い、エルトネは怯え切った様子で再び頭を抱えて俯いてしまう。
リエティールはクネロスと言われた男をもう一度見る。何度見ても動く岩山のようなその男は、周りのことなどなんとも思っていないかのように武器を振り続けている。部屋の中にいる、彼のことを知っていそうなエルトネは顔に怯えを浮かべ、リエティールのように知らなかったのであろうエルトネは困惑や不快感を顔に浮かべてはいたが、関わりたくないと言うように口を噤んでじっとしていた。




