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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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38.宿屋

 それからフコアックに揺られること数時間、途中で御者の交代や、商人から配られた携帯食での昼食をはさみつつ、日が傾く頃まで大きな問題も起こることなく中継地点の小さな町へ着いた。

 相も変わらず辺りは雪景色ではあるが、積もっている量は少なく、除雪されて地表が露になっているところも多い。それに加えて町の中には街路樹として木が植えられている様子も見受けられる。リエティールは町に入ってすぐに、思わずその様子にぼうっと見惚れていた。今まで彼女が見たことがある植物と言えば、牛乳煮込みのクズ野菜か、加工済みの木材となったもの、と植物と言っていいのか怪しいものだけであった。こうして生きている植物を見るのは人生で初めてだったが故に、彼女はその木を無意識にじっと見つめていた。

 そんな、物珍しそうな視線を周囲に向けるリエティールを、ソレアは隣で不思議そうに見ていた。そして、彼女がドロクの町の出身であるという考えは、「ほぼ確信」から「確信」へと変わっていた。

 だからと言って彼が彼女に真実を問い質そうとすることはやはりなかった。それどころか、彼女が他人の前でボロを出さないように最低限の常識はできるだけ教えてやらねばならない、とまで考えていた。

 彼は「良識ある人間」、というよりは「過保護でお人好し」のようであった。


 そのままフコアックは通りを進み、一軒の宿の前で止まると、商人が二人に降りるように促す。どうやらそこが今日の宿であるようであった。

 商人の一人がフコアックの側に見張りとして残り、他の全員が宿を取る為に中にはいる。

 ロビーの広さはエトマーのドライグより狭く見えるが、奥に客室があることを考えれば、実際にはエトマーのドライグよりはいくらか広いのだろう。外観もぱっと見た限りでは、同じか一回り大きい印象を与えていた。

 受付には感じの良い落ち着いた様相の女性が居り、商人達が入ってくるのを見ると「ようこそ」と深々と頭を下げた。


 商人達はいつもの通り部屋を取ろうとしたのだが、そこでふといつもと違うことに気がついた。今回は商人三人とソレアに加え、少女がいるのだ。普段であれば四人用のベッドのある部屋を一つ取るところであるのだが、今回はそうもいかない。

 別に、商人達に少女に対するあれこれな邪な気持ちがあるわけではないのだが、男四人で一人の少女を囲むような絵面は外聞的に良くはない。ここに来るまではフコアックの中でそういう状況ではあったのだが、それとはまた別の問題である。

 それに加えて、ここの宿は最大四人部屋までである。人数オーバーでぎゅうぎゅうになるような広さでは勿論ないのだが、ベッドは四つまでである。そうなると誰か一人は床か椅子で眠ることになる。一応予備の布団も頼めば用意はしてもらえるが、できれば避けたいことであった。


 そうして、三人部屋と二人部屋を取って、商人達が三人部屋で泊まり、信頼の厚いソレアと少女で二人部屋にするのがいいだろうかと考えがまとまりかけた頃合で、少女がすっと手を挙げて、


「私の分は、私がお金を払ってお部屋を取ります」


と主張した。突然のことに驚いている商人達とソレアを余所に、リエティールは受付の前に歩み出ると、受付嬢に一人部屋の値段を尋ねる。受付嬢も少し驚いた様子ではあったが、すぐに丁寧に値段を告げた。

 それを聞いたリエティールはコートの内側に手を差し入れ、すぐに言われた分の金額に相当する硬貨を取り出した。


「これで、お願いします」


 彼女がそう言ったところで我に返った商人は、慌てた様子で、


「いや、いい、それは私達が払う」


と止めに入った。どうやら彼らは金にはうるさい商人ではありながら、子どもには弱いようであった。しかしそれを聞いた少女は小さく笑みを浮かべて、


「大丈夫です。 商人さんにとって、お金は大切なものでしょう?」


と答え、硬貨を戻しはしなかった。子どもに気を使われたと、何となく気恥ずかしくなった商人二人は、どことなく居た堪れない気持ちになりながらも、少女の行動を尊重した。

 少女のこの行動は、実は商人達に対する感謝の気持ちからくるものであったのだが、事情を知らない彼らにとっては、ただ子どもに気遣われたという風にしか感じられなかったため、上手く伝わりはしなかったようだ。


 だが、同時にリエティールも複雑な気持ちになっていた。

 自分の所持金というように出した硬貨ではあるが、元々お金を持っていなかった少女である。今彼女が持っているのは、本来少女自身のものではなかった。

 ドロクの町で一人になったリエティールは、一文無しのまま誰の助けも得られずに外へ出ることに対してかなりの不安を感じ、結果として近くの宿屋から数枚の硬貨を盗み取ってしまったのである。

 もしも彼女がもう少し図太い性格をしていたのであれば、領主も宿屋の店主も居なくなっているのだから、全部持ってきていたかもしれない。それどころかもう誰も持主がいないのだから、町中手当たり次第硬貨をかき集めてもさして問題はなかったであろう。しかしそうすることはなく数枚に止めたのは、彼女の良心の呵責ゆえであった。


 そういった其々の内心の複雑な出来事がありつつも、結果として四人部屋と一人部屋を取ることで落ち着き、外で待っていた商人もフコアックとエスロをそれぞれ所定の位置に泊め、各々の部屋へと分かれていった。

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