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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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387.積もる話

 一瞬、後を追おうか悩んだリエティールだったが、行ったところで自分は役に立たないだろうと思いとどまり、エイマに言われた通り先に宿泊施設に戻ることにした。

 夕方になっても大会の熱気が尾を引いて、寧ろまだまだこれからだと町の中が活気づく中戻ると、施設の前に到着してから碌に時間もたたないうちにイップを連れたエイマが姿を現した。


「お待たせしました」


「えっ? そんな、待ってないです!」


 あまりにも早く、リエティールは本心のまま答えると、次にエイマの背後にいるイップに目を向けた。彼は視線が合うと満面の笑みを浮かべ、リエティールに一気に近づいてこう言った。


「リー! ここで会えるなんて思ってなかったっす!」


 感極まるという様子で、そう言いながらリエティールの手をギュッと握りしめる。もしもリエティールが普通の子供であったら痛みに声を上げていたかもしれない。

 触れた手から伝わるイップの喜びに共感するように、リエティールもにっこりと笑い、


「私もです! 会えて嬉しいです!」


と答えた。

 そのまま話し始めてしまいそうになったところで、すかさずエイマが口を挟んでストップした。


「このまま立ち話をしては迷惑になりかねません。 どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょう」


 そう言われ、リエティール達は今いる場所が宿泊施設の入口の近くであるという事を思い出し、慌ててエイマの提案に頷き場所を変えることにした。

 部屋の中で話すことができればよかったが、一人寝るのにの精一杯な部屋では三人も座って話ができない。

 近くにある公園でもよかったが、これから日が暮れるとなると屋外では冷え、あまり話もできないだろう。

 少し考えた結果、近くで適当な店を探し、夕食を取りながら話をすることに決まり、三人は一度その場を離れ大通りの方へと歩いて行った。

 一日目が終了し、闘技場からエルトネや観客が出てきたことで大通りは人で溢れ返っていた。少しでも油断をすればはぐれてしまいそうだとリエティールが思っていると、その手をイップが何も言わずに繋いだ。

 先導するように歩いていくエイマの後ろを、イップは遅れないようにリエティールの手を引いて歩いていく。

 そんな彼の背中を見ながらリエティールは、クシルブに行ったばかりでまだ人混みに不慣れであった時に、今と同じようにイップが手を引いて歩いてくれた時のことを思い出していた。


(こんな風になりたいなって、思ったんだよね)


 その時と変わらないイップのスムーズな身のこなしを見ながら、リエティールは小さく微笑んだ。そして、


「ありがとうございます」


と、その背に向かって小さく呟いた。


「ん? 何か言ったっすか?」


 それに気が付いたイップが不思議そうに振り返ったが、リエティールは笑顔のままふるふると首を横に振った。


 そのまま歩き続け、三人は大通りから少し脇に入った道に面している店に入った。大通りほどではないにしろその店も混雑しており、三人は偶々前の客が出てきたところに入ったため、すぐに席に着くことができた。

 その店の売りは「厳選エルタック肉の甲羅窯焼き」というものらしかった。店主が自ら選んだこだわりのエルタックの肉を鉄板の上で豪快に焼いたケイツなのだが、その焼いている間にクコルエルトルトの甲羅を被せる、というものであった。そうすることで全体が素早く、均等に焼けるのだ、とメニューに書かれていた。

 少々値が張るものであったが、今日はエイマとイップが戦いの後ということと、リエティールも明日に向けての景気づけ、という理由をつけて三人ともそれを注文した。


「改めて、リー! 久しぶりっす!」


 店員が注文を取って去った後、まず口を開いたのはイップであった。その顔は嬉しくてたまらない、というように笑みが浮かんでいた。


「私も、お久しぶりです!」


 釣られて笑顔になりながら、リエティールもそう答える。改めてその姿を見ると、イップの見た目は最後に会った時とほとんど変わっていないが、厳しい修業をしてきたのか肌が少しだけ日焼け、全体的に筋肉が付き逞しくなっている、という印象をリエティールに与えた。


「あ、それから……そっちの人って、もしかしてっすけど、エイマ選手っすか?」


 リエティールから視線を隣に移し、イップはそう尋ねた。イップを連れに行った時はエイマは灰色の外套で顔を隠していたが、今はフードを下ろし素顔になっている。戦闘中は顔を見せていなかったためイップはなんとなくそう思いつつも確信を持てずにいた。

 その彼の問いにエイマは頷いて答えた。


「はい、エイマと申します。 初めまして、イップさん。 よろしくお願いします」


「ほんとにエイマ選手なんっすね! よろしくっす!」


 エイマの答えにイップは興奮気味に目を輝かせて言った。イップもエイマの試合を見て盛り上がっていた観客の一人だったのだろう。その目には尊敬の色も浮かんでいた。


「ホロロッ!」


 自分のことを聞くよりも先にイップがエイマに完全に目線を固定してしまったのが気に入らなかったのか、リエティールの肩から降りて横にいたロエトがどこか怒ったように強めに鳴いた。


「あっ! そ、そうっす、気になってたんっすけど聞きそびれてて……リー、その子はどうしたんっすか?」


 ロエトの怒りを感じたのか、イップは慌てて視線を戻しリエティールにそう尋ねた。リエティールはそのやり取りに小さく苦笑しながら答えた。


「この子はロエトっていうんです。 旅の途中で出会った霊獣種ロノなんです」


「へえ! じゃあリーは霊獣使い(ロノアルト)でもあるってことっすね? 凄いっす!」


 エイマに向けた時と同じようにイップがきらきらと目を輝かせると、ロエトは満足したように胸を張っていた。そんな二人を見て、リエティールはもう一度苦笑を浮かべるのであった。

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