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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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386.試合の後

 会場中が最後の試合が終わった余韻に浸り沸き立つ中、リエティールはすぐさま席を立って出入り口に向かった。幸いなことにこれ以上の試合がない為、入って来る人がいないことで押し戻されることなく出ることができた。

 出入り口から吐き出されるように飛び出たリエティールは、すぐさま離れて別の出入り口に向かう。

 一般客は正面にある一番大きな出入口から出るが、混雑解消のため選手には専用に別の出入り口が割り当てられている。イップやエイマに会うことを期待するならば、まずはその近くへ行って待機するべきなのである。


「わ……」


 しかし近づいたリエティールはそこにあった人混みに驚きの声を漏らした。続々と出てくる選手もそうであるが、それ以上に活躍した選手に話を聞こうと待機している人々の方が圧倒的に多く見えた。


「すみません! 少しだけお話を……試合を終えた感想を一言だけでも!」

「観客の皆さんに一言お願いします!」


 そう言った声があちらこちらに響き、ぎゅうぎゅうと互いに押し合う光景は、まるでここでも乱闘が始まっているかのようであった。

 その向こうでは押しかけられて戸惑いつつも答える人やそそくさと逃げていく人等いるが、誰にも声をかけられず寂しそうな背中をして去っていく者が一番多かった。

 リエティールはそれらの人でできた壁の後ろで、どうすればイップやエイマの姿を探すことができるか、背伸びを繰り返して覗き込んだが、殆ど見ることができずに苦戦していた。かと言いここでロエトの姿を変えて飛んだところで別の騒ぎになる未来が見えてそれもできない。

 途方に暮れ諦めるべきかと落胆していると、突如として人々の動きがわっと変わり、ざわめきが大きくなった。


「イップさん!」


 その一言が聞こえてきたことで、リエティールはぱっと顔を上げ耳を澄まし身を乗り出すように近づいた。


「初戦勝ち残りおめでとうございます! 今のお気持ちを一言!」

「今回の大会に向けてどのような訓練をしてきたのですか!?」

「トーナメント戦への意気込みを!」


 我先にと大勢が一度に様々な問いを投げかけるその先から、


「え? えっと……ちょ、ちょっと落ち着いてほしいっす……」


という、困惑した声が聞こえてきた。その声や話し方から、リエティールは間違いなくそれがイップであると確信を得た。

 無視して立ち去ることもできず、しかし質問が多すぎることでまともに答えることもできないため、ただあたふたとすることしかできないイップに、次々に容赦のない質問が投げかけられる。

 ここでかき分けてでも近づいて声をかけるべきか、落ち着くまで待つべきか、リエティールが悩んでいると、不意に背後から肩を叩かれた。


「へっ?」


 驚いて振り返ると、そこにいたのはリエティールより少し背の高い、灰色の外套で全身を覆った人物であった。傍から見れば不振極まりない外見であったが、リエティールはすぐにそれが誰かわかり、共に人混みから少し離れたところまでいどうして、それから言葉を交わした。


「エイマさん、おめでとうございます」


「こちらこそ、応援してくださりありがとうございました」


 灰色の外套の人物、もといエイマは、小さく頷いてそう答えた。


「それにしても、どこから来たんですか? あんなに人に囲まれてて……」


 未だに人だかりができている選手用の出入り口を振り返りながらリエティールがそう尋ねる。


「選手用の出入り口は避けて正面から出てきました」


 表情を変えず、エイマはただそうとだけ答えた。正面の出入り口は選手用の出入り口よりも広いが、それ以上に利用者も多く、通り抜ける難易度はこちらにも劣らない。しかし、注目を避けるという観点ではたしかに中央から出るという彼の判断は正しかったのだろう。


「止めを刺した時の……あの、人混みに紛れた時も凄かったです。 上から見てたのに、出てくるまでどこにいるのか全然わかりませんでした……」


 石斧のエルトネに止めを刺す時、エイマは選手達の中に飛び込んだと思えばあっという間に姿をくらまし、周囲の選手達に気づかれることなく潜み、いつの間にか身につけていたフードも変えて突然飛び出し、完全に不意を突いていた。


「普段から風景や人混みに紛れる隠密行動は訓練していたので、それを活かすことができたと思います。 それを考えると、一対一の試合である次の試合からは、僕にとって厳しいものとなるでしょう」


 頷きながら淡々とエイマはそう答えた。


「エイマさんって、普段はどういう風に活動しているんですか?」


 普段から隠密行動を訓練しているとは、普通のエルトネではあまりないだろう。

 エイマはリエティールの問いに応えようと口を開いたが、言葉を発する直前に何かに気が付いたように一度動きを止め、それからリエティールにこう問い返した。


「そういえば、リエティールさんは先ほど何かしようとしていませんでしたか」


 人混みの方に目を向けてそう問うエイマの視線を追って、リエティールはイップのことを思い出した。


「あっ……!そうだ、あの、あそこにいるのが、私の先輩で……久しぶりに会えたので話をしたいんですけど、近づけなくて……」


 リエティールがそう答えると、エイマは少し考えるそぶりを見せた後小さく頷き、


「では、リエティールさんは先に宿泊施設へ戻っていてください。 その人は僕が連れていきます。 先程の話の続きはまたその時、落ち着いたらにしましょう」


「え? あ……」


 言い終わるや否や、エイマはリエティールの答えを待たずに人混みに向かって歩いて行った。それを引き留めることもできず、リエティールは少しの戸惑いの後、エイマの言葉に従って宿泊施設へと戻ることにした。

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