384.彼のやり方
二人以外の選手達は困惑していた。
先程まで二人は周囲に目もくれず互いに狙い合っていたはずだというのに、気が付けば一人は自分達の中に飛び込んだかと思うとあっという間に姿をくらませ、もう一人は先ほどまで向けていなかった敵意を明確に向けてきている。
こうなると、選手達は石斧のエルトネに狙いを変えざるを得ない。
相手は他より少し体格が良くリーダシップがあるくらいで、実力が突出しているわけではないと誰もが考え、とにかく全員で狙えば問題なく倒せるはずだと無言で周囲と頷きあった。
「うぎゃっ!?」
その決意も、一人の悲鳴が聞こえてきたことで揺らぎを見せた。
「うおおおぉぉおぉぉぉ!!!!」
その直後続けて響く石斧のエルトネの雄叫びに、選手達は僅かな怯えを抱いた。そのエルトネが作り出す殺気交じりの闘志を感じ、雰囲気に呑まれそうになったのだ。
ただ、一人のエルトネを力任せに殴りつけ吹き飛ばしただけ。それだけであったが、醸し出される雰囲気が彼を周囲に強者と認識させていた。
特に吹き飛ばされたエルトネのすぐ間近にいた選手達は強く動揺した。それ故に動きが止まり、石斧のエルトネの顔をまっすぐ見上げた。
目線と目線があうよりも早く石斧が振り下ろされ、そこにいた選手達は悲鳴を上げた。
「う、うわあああっ!!!」
あちこちからそんな叫び声が上がる。恐怖を振り切るように自らを鼓舞する意思を込める者もあれば、恐怖に負けてとにかく距離を取ろうとする者もあった。
数名の選手達が得物を手に石斧のエルトネに飛び掛かった。正面に近かった者は石斧で弾かれたが、それ以外はその武器を振り下ろし攻撃を加えるとこに成功した。
攻撃が当たったことで、やはり敵わない相手ではないと選手達の顔に僅かな安堵が浮かぶ。石斧のエルトネも鎧を纏ってはいるが、攻撃は関節のある場所など他に比べて防御が手薄になっている場所をしっかりと狙ったものである。ある程度のダメージは通ったはずであった。
確かに、石斧のエルトネは体中に届いた衝撃や痛みを感じていた。だが、それだけであった。その痛みで体のどこかが動かなくなったわけでも、気絶したわけでも、首や心臓を一突きにされたわけでもない。ただ、痛いだけであった。
狙いは周囲の選手達に切り替わっても、石斧のエルトネの狙いはただ一人、エイマであることに変わりはない。エイマと決着をつけるまで、この有象無象の中で斃れる気は更々なかった。
「うぜぇっ!!」
痛む体に鞭打ち、振り返って襲い掛かってきた選手達に反撃する。僅かでも怯むだろうと考えていた者達は、少しも動きを止めることなく反撃してきたことに驚き、逆に隙を見せてしまった。
それでも、彼が劣勢に立たされていることには変わりなかった。一人を振り払っても後から別の選手がそれを補うように周りから加わって来る。
斃れる気はないとはいえ、こうも絶えず全身を殴打されては流石に無視することはできない。エイマのようなスピードに長けた者ならともかく、石斧のエルトネは体が大きく一撃の威力に重きを置いた戦士である。絶えず襲ってくる攻撃に対してはどうも不利にならざるを得なかった。
彼以外の選手達も、決して弱いわけではない。攻撃は的確に狙いを定めて、隙さえあれば強打をお見舞いする。
前を向けば後ろから、右を向けば左から、完全に包囲されてしまった状況で、石斧のエルトネは自らの限界が近いことを感じていた。このままで嬲り殺しである、と。
それだけは避けたい彼は、一度一つ一つに対処することを止め、構えを変える。動きが変わったことに警戒心を強める者もいたが、彼にとっては次の攻撃が出せれば今何をしてこようと問題はなかった。
胴体ががら空きになることも厭わず、両手で斧を持ち高く掲げ、そして、
「うらあああぁぁぁああぁぁっっ!!!」
と、轟音のような叫びと共に、円を描くように大きく腕を振り回した。とにかく、一撃の威力にだけ重点を置いた、防御を捨てた彼の大技は、周囲に群がっていた選手達をまとめて吹き飛ばした。
円形に空間があいたその中心で、石斧のエルトネは腕を下ろして大きく息を荒げ、そして叫んだ。
「隠れてねぇで出てこいっ!」
その言葉はエイマに向けてのものであった。目に見えて疲労困憊の状態で、なおも一対一で決着をつけたがる彼は、もはや勝とうが負けようが、とにかく真っ向勝負で決着をつけたい、という強い意志が見えていた。
それに応えるのか、石斧のエルトネだけでなく会場中が注目していた。
どこから姿を現すのか、石斧のエルトネがゆっくりと周囲を見回す。そしてその視線が後ろに向こうとした瞬間であった。
「がっ!?」
死角から最初とは違う茶色のフードを被ったエイマが飛び出し、空いていた後頭部に強い一撃を叩きこんだ。この状況でまさか不意打ちをしてくるとは思っていなかった石斧のエルトネは完全に隙を突かれ、無防備な状態でそれをまともに受けた。
激しく脳が揺さぶられ、彼は呆気なく舞台に倒れ伏した。
「申し訳ありません、これが僕の戦い方なので」
その背中に、エイマは淡々とそう言い、軽い一礼をした。
「こ、これはなんということだ! まさかの不意打ち! 不意打ちでノックダウンッ!」
司会の驚きが発せられると同時に、客席側からは卑怯な手段を取ったエイマに対するブーイングと、それ以上に大きな、面白いものを見れたという笑いと歓声が響き渡った。




