380.快進撃
舞台上の清掃を含んだ休憩時間を終えて、観客たちが先程の試合の興奮から漸く次の試合への期待を口にするようになった頃、司会が姿を現した。
「皆さま、準備はよろしいですか? 間もなく第四試合が始まります! 観戦の体勢をしっかりと整えてお待ちください!」
それを聞くと、人々は「いよいよか」という顔になり、それぞれの方向を向いていた視線が一気に中央へと集まる。
そんな中、リエティールはふと視線を上にあげた。司会の後ろ、観客席の中央化部隊を挟んで反対側の一番高い席、そこはこの場において最もくらいの高い席であり、広い窓からは国王と王妃、エザルブとサルフィスの姿が見えていた。
リエティールであってもさすがに声を聞くことはできないが、二人が何か言葉を交わしながら興奮気味の目を舞台に向けている様子は見えた。
その様子にリエティールも自然と楽しくなり、休憩時間で少し落ち着いていた気持ちも再び熱を持ち始める。
「お待たせいたしました! ただいまより初日第四試合、選手入場です!」
司会の高らかな声が会場に行き渡ると、一斉に歓声が上がる。それに背中を押されるようにして入場門から続々と選手が姿を現し、舞台上に等間隔で並んでいく。
リエティールはそこにじっと目を凝らし、エイマの姿が見えるのを今か今かと待っていた。
「あ!」
入場門から一人の黒いフードを被った人物が出てくるのを見て、リエティールは思わず声を上げた。他にも似たような格好の選手がいるものの、背格好と二本の剣を腰に下げた容姿から、リエティールはすぐにそれがエイマであると確信した。
「エイマさん! ……っ!」
思わず手を振り、すぐに気が付くわけないか、と少し恥ずかし気に手を止めたリエティールであったが、驚くことにエイマはふっと顔を上げ、その目線がばっちりとぶつかった。彼はリエティールを見ると、その目を少し細め小さく手を挙げた。
「わっ……」
一瞬にして自分のことに気が付いたエイマに驚きつつも、リエティールは嬉しくなって止めていた手を再び振り見送った。
案内に従ってエイマが配置されたのは南寄りの外側から見て二番目ほどの場所であった。彼は位置についてから一度ゆっくりと深呼吸すると、腰の剣に手を添えた。いつでも攻撃に入ることのできる体勢になりながら、彼はその目を周囲のエルトネに向けて観察するように凝視していた。
「選手の皆さま、準備はよろしいですね? それでは! 本日最後、初日第四試合、開始です!」
選手が全員並び終えたことを確認すると、司会はそう言った。それと同時に煙玉が上空に登り、パンッという音を立てて弾けた。
それと同時に観客席からは声援が飛び、拳が突き上げられ、選手が一斉に動き出す。
「まず……おっと、ご覧ください! 舞台南側、黒いフードを被った双剣の選手、開始して間もないにも関わらず早速一人脱落させています! さらに続けてもう一人……物凄い快進撃です!」
試合が始まってすぐに司会が注目したのは、紛うことなくエイマのことであった。彼の猛攻に、リエティールも驚きのあまり口をポカンと開けて、声を出すのも忘れてしまうほどであった。
頭上で音が弾けるや否や、エイマは事前に観察していた周囲のエルトネの中から一人を選びすぐに飛び掛かっていた。
「なっ……」
相手はあまりの速さに反応することができず、驚きの言葉すら全て言い終えることができないままエイマの双剣による連撃をまともに喰らい、後ろ向きに弾き飛ばされた。そのエルトネはそのまま更に追撃を受けると舞台上を転がり、最終的に舞台の外へと転がり落ちたのであった。
エイマはそれで立ち止まることなく、続けてそれを見ていた別のエルトネに向かう。
「ひっ!」
一部始終を見ていたエルトネは怯えるように短い悲鳴を上げて瞬時に持っていた剣を体の前に出して身を守ろうとしたが、エイマは落ち着いたまま最初にその武器に連撃を加えて弾き飛ばすと、すぐにエルトネ自身に対して剣を振るった。
それでも何とか抵抗しようとしていたエルトネであったが、武器も無く、エイマの素早い攻撃に圧倒されるだけであり、程なくして両手を上げ「降参だ!」と叫んだ。
エイマは他の大勢のエルトネ達に比べれば若く小柄であり、一見するとすぐに倒せてしまいそうな印象を与える。
実際、彼はそこまで肉体的に優れているわけではない。しかし、瞬発力は並のエルトネよりはるかに高く、更に観察力と判断力に優れ、敵の弱点を看破する能力に長けていた。
その能力を生かし、彼は大勢いる敵の中から自分の力が及ぶであろう敵を瞬時に見分け、的確に撃破しているのである。
その後も彼は各個撃破を続け、的確に一人ずつ脱落させていった。司会も他のエルトネに視点を移し替えはするものの、何度もエイマの話題に戻るなど、闘技場中の注目は見事彼の元へと集まっていた。




