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氷竜の娘  作者: 春風ハル
379/570

378.一対多

 懸念通り、イップ以外にいた五人のエルトネが一斉に彼に向かって攻撃を仕掛けた。

 まずより近くにいた二人が左右に分かれながら挟み撃ちを狙って接近する。一人は剣士でもう一人は武闘家であった。そして他の三人は正面からそれぞれの得物を手にイップを狙った。

 イップは姿勢を整えてそれをよく見ながらその場でじっとしていた。傍から見ると、彼は誰の相手をするべきか迷っているように見える。リエティールは彼の機会を伺うような目を見て何か考えがあるはずだと信じてはいたが、それでも心配が消えず握り締めた手に更に力が入った。


「はあぁぁっ!」

「うおおぉっ!」


 両サイドから同時に剣と拳が突き出される。避けきれない、と多くがそう思った瞬間、イップは一瞬を見切って地面を思いっきり蹴り前に飛び出した。直後、彼の背後では革の籠手と刃の潰れた剣がぶつかる鈍い音が響いた。


「痛ってぇ……!」


 武闘家の方がそう声を漏らす。彼も普段は鉄製の籠手を身につけていたが、大会では貸し出された革の籠手しか使えない。当然、厚く頑丈な素材でできてはいるが、それでも鉄の塊である剣とぶつかれば痛みはかなり感じる。

 痛みに怯んだが、はっとして先程までの攻撃対象であったイップがどこに行ったか確認しようと顔を上げた。だがその瞬間、


「うぉっ!?」


 ブン、と剣が振り下ろされ、彼は驚きつつも反射的に飛び退いてそれを躱した。その攻撃の主は同時に攻撃を仕掛けていた、まさに彼の拳に剣をぶつけたもう一人のエルトネであった。


「ちっ」


 その剣士は小さく舌打ちをしながらも更に追撃を仕掛ける。体勢が崩れていた武闘家は躱しきれず、腕を交差させて何とかそれを防ぐ。


「お前っ!」


「倒せそうな方から先に狙うのは当然でしょ?」


 怒り交じりに叫ぶ武闘家に対して、剣士は悪びれもせずそう言い、再び剣を振りかざす。

 これは乱闘であり敵味方の区別はない。共闘すれどそれはあくまで一時的なものであり、最終的には自分以外の選手を全て倒さなければならない。故に、こうして攻撃対象が簡単に切り替わることも当然のことであった。


 一方、前に飛び出したいイップは正面の三人と対峙していた。それぞれ剣と盾、大剣、槍を持っており、皆一様にイップを狙っていた。

 やはりここでもイップは先に動かず三人の出方を窺っていた。三人の方もイップの動きを誘おうとしてかじりじりと睨みあいを続けていたが、遂に痺れを切らした槍使いが動いた。

 槍は何といってもその素早い攻撃と長い間合いが強みである。不意を衝くには丁度いいと、彼なりに判断しての攻撃であろう。

 しかしそこは素早さに自信のあるイップである。攻撃を仕掛けられたと判断するや否や咄嗟に盾を出し弾く。

 立て続けに今度は剣士が攻撃を仕掛け、それをイップは反対の手の剣で受け止める。

 そして両手が塞がった彼に、大剣が振りかざされた。あわやまともに食らいそうになったその時、イップは強引に両手を振り払うと、二人を弾き飛ばして咄嗟に盾で大剣を防ぎ、その威力を受け流しつつ避け、反撃に出た。


「ぐあっ!」


 自分の攻撃が決まると考えていた大剣のエルトネは僅かに油断による隙が生じ、防ぎきれず脇腹に剣を叩きつけられる。

 イップは攻撃の勢いのまま背後に出ると、続けざまに突きを放った。大剣のエルトネもすぐにそれを防ごうと振り返るが間に合わず、背中に走った大きな衝撃にバランスを崩し膝をついた。


「これは、ソレアさんの扱きに感謝っすね」


 膝をついた大剣のエルトネの姿を見て、彼は満足そうに呟いた。しかし、それを見て安心する猶予はなく、残った二人のエルトネは体勢を立て直し、同時に攻撃を仕掛けてきた。

 イップはそれを引き付けて先ほどと同じように衝突させようとしたが、流石に先ほどそれを見ていた二人は同じ手にかからないと言うように、攻撃が到達するタイミングを僅かにずらしていた。

 うまくいかないと判断すると、イップはすぐに作戦を変えて動き出す。二人の交互に繰り出される攻撃を受け流しつつ動きまわり機会を伺う。

 盾と剣でうまく攻撃を往なしていたイップであったが、あるタイミングで受けるのを止め、さっと身を動かして躱した。攻撃をしていた剣士は驚きつつも途中で攻撃を止められずにそのまま振り切る。


「がっ……」

「あっ」


 振り下ろした剣は、ちょうど今まさに立ち上がってまだ戦おうとしていた大剣使いの頭に衝突し、再起の可能性を残していた彼に止めを刺す形となった。

 思わぬ事故につい動きを一瞬止めてしまった剣士に、イップがすかさず攻撃を仕掛けた。すぐに剣士も反応して応戦するが、一歩遅れて完全に往なしきることはできず仰け反ってバランスを崩す。イップがさらに追撃をすると、彼は遂に尻餅をつく。その頭部目掛けて止めの一撃を放とうとしたところで、剣士は両手を挙げて降参をした。

 イップが剣士を狙っている間も槍使いは後ろから攻撃を仕掛けていた。だがイップの素早い動きは致命傷をうまい具合に避け、掠ってもそれに怯むことがなかった。

 剣士の降参を見て槍使いは悔し気に歯を食いしばったが、一人になったからと言って勝てないわけではないと槍と突き出した。

 今のイップは降参した剣士に剣を振り下ろしかけていたところである。この場合、攻撃を当てないように一瞬動きを止めるはずだと、槍使いはそう考えていた。その隙に上手く一撃を食らわせることができれば有効なダメージを与えられると、そう判断したのである。


「ふっ!」


 今なら当たると槍を突き出したが、その槍は宙を突いた。イップは剣を止めず方向を変えて振りぬき、その勢いで体を動かしていたのだ。

 槍はそのままイップの向こう側にいた剣士に突き付けられる。それを見た槍使いは思わず動きを止めてしまった。


「しまっ──」


 それが隙になったと自覚したときにはすでに遅く、イップの剣がその体に叩きつけられた。

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