377.決着は間近
「──素早い身のこなし! 敵を見事に誘導し余裕をもって立ち回っております!」
途中からイップに注目していた司会がその様を口にすると、呼応するように観客も湧き上がる。リエティールもその中に混ざって、どこか誇らしい気持ちになって笑みを浮かべた。
「イップさん、凄い……!」
最後に会ってからそこそこの時間が経っていたが、彼の戦い方はリエティールに心からそう思わせた。何しろ、こうして彼が本気で戦っている姿を見るのは初めてであったためである。
彼は先輩として色々と面倒を見てくれてはいたが、ちゃんと彼の能力を見たのは解体の時と、リエティールを抱えて守っていた時ぐらいであった。
ヤーニッグと対峙したときはそうしてリエティールを守ることに専念していたため、彼自身が積極的に戦う姿を見ることは、ルボッグに奇襲された時以外はなかった。それもあっという間であったため、彼の強さを実感するには物足りないものであった。
それでも、リエティールはイップの身のこなしがかなり優れているという事は知っていた。落下しているリエティールを綺麗に受け止め、そのまま攻撃の余波を避け続けるという事をしていたのであるから、そうした能力に長けていることは感じていた。
そんな彼が二人を相手に全く臆することなく突き進み勝利した姿は、リエティールの目に素晴らしい先輩の姿としてはっきりと映っていた。
それからもイップは、時には自ら戦いを挑み、時には囲まれながら、その度に見事な動きで次々に勝利を収めていった。
試合は順調に進み、舞台上に残ったエルトネもどんどん数を減らしていった。いよいよ十を切った頃、イップもそこに残っていた。流石に疲れているようで、他のエルトネとは一定の距離を保ち狙われないよう息を潜めながら体力の回復を図っている様子であった。
ガン!と、武器と武器のぶつかり合う音が響く。イップの視線の先で二つの武器が衝突していた。一つは棍棒、もう一つは大剣である。力がそのまま威力になる武器同士の衝突は激しく、そして拮抗していた。
「っどりゃ!」
拮抗している今が隙と、別のエルトネがそこに剣を振りかざして突撃する。その声に反応し、寸でのところでお互いに身を引いたことで、その剣は空振りに終わった。
すると、今度はそれをチャンスと見て、棍棒のエルトネが狙いを変えてそこに目掛けて振り下ろす。しかしそこはさすがにここまで生き延びたエルトネである。すぐに体勢を立て直して身を捻ると、棍棒は外れて地面に叩きつけられる。
更に次は、振り下ろされて無防備になった背中に目掛けて、今度こそはと大剣が振りかざされる。今まさに攻撃が入る、という瞬間になって、先程棍棒を避けた剣のエルトネが大剣のエルトネに向かって跳びかかり、一撃を叩きこんだ。
「ぐぅっ!!」
「がふっ!!」
しかし大剣は止まらずに振り下ろされたため、棍棒と大剣のエルトネはそれぞれダメージを受けて声を上げた。
棍棒のエルトネは何とか立ち上がるが、大剣のエルトネはここに来るまでの蓄積ダメージが大きかったのか、攻撃を受けた横腹を押さえたまま両ひざをつき、中々立ち上がれなかった。
そこへ止めとばかりに剣の先端が眼前に突き付けられ、大剣の選手は悔しそうに顔を歪め、顔を俯けて降参した。
「うおぉぉおぉぉっ!!」
してやった、という表情を浮かべて剣のエルトネであったが、直後聞こえてきた雄叫びにぎょっとして振り向くと、それと同時にかなりの衝撃が腹部に襲い掛かり、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
剣のエルトネが油断していると、棍棒のエルトネが立ち上がってすぐにタックルをしたのだ。普段から重量級の武器を使っていたエルトネの体格はかなりがっしりとしており、タックルの威力もかなりのものがあった。
捨て身の攻撃であったため、棍棒のエルトネは衝突後前のめりに膝をついたが、衝突された剣のエルトネは一瞬の油断によって派手に吹き飛び、そのまま受け身を取れず場外へと転げ落ちていった。
「……ぐぉっ!?」
棍棒のエルトネが立ち上がろうとした瞬間、背中に衝撃が走り、そのまま地面に突っ伏した。その一撃を喰らわせたのは、他でもないイップであった。
「ふぅ、まだいけそうっすね」
額に汗を浮かべつつも呼吸は整い、まだ余裕のある顔でそう呟き、足元のエルトネを見下ろした。剣先は棍棒のエルトネの頭部のすぐ横に突き付けられており、彼は突っ伏したまま降参した。
「イップさん……!」
観客席から、リエティールは名前を呟く。そこには活躍に対する感嘆もあったが、それとは別に不安な気持ちも含まれていた。
人数が減ってからここまで、先に動いた者が狙われる傾向にあった、現に先に動いた三人が見事に脱落している。となると、次に狙われるのはイップの可能性が高い。
そして予想通り、他のエルトネの視線は多くイップに向けられていた。
リエティールは祈るように、胸の前で両手を強く握りしめた。




