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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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376.素早い剣

 舞台の上では激しい乱闘が繰り広げられていた。ある場所では一対一の戦いをしていたり、ある場所では結託して多対一の状況を作り出し、またある場所では他の対戦者の争いに途中から飛び込んで奇襲をする者等、実に多種多様な戦いが巻き起こっていた。

 そうして、場外に弾き出されたりその場に膝をついたりと、どんどんと脱落者が出て行く。人数が多い故序盤の脱落ペースも速く、客席からは一喜一憂の声が繰り返し聞こえていた。

 リエティールは誰を応援するでもなく、ただ目についた戦いの様子をじっと見つめていた。目まぐるしく変わる戦闘状況にリエティールの視線も落ち着きなくあちこちへと向いていた。


 選手の人数は半分ほどに減り、それでもなお多く、会場にはまだまだこれからという雰囲気が漂っている。

 リエティールもこの雰囲気に負けまいと、一度用意しておいた果実水を一口飲み、そうして気持ちをリフレッシュして再び会場に目を向けた。

 どこに注目するか、迷っていた視線の先に、ふと一人の姿が留まった。


「あれ……?」


 突然のことに驚いて一瞬思考が留まった後、すぐに頭を振ってもう一度目を凝らす。その青年剣士の姿に間違いはなく、リエティールは思わず名前を呼んだ。


「イップさん……!」


 それはクシルブで出会った先輩エルトネのイップであった。そして、リエティールは始めて闘技場に来た時見かけた見覚えのある後ろ姿が彼のものであったと漸く気が付いた。


「フルル?」


 一気に興奮するリエティールの肩の上で、ロエトはどうしたのだろうと言うように首を傾げた。


「あ、そっか、ロエトは知らないんだよね。 あのね、ほら、あの右手前の辺りの、灰茶のツンツンした髪の人……剣と盾を持ってる男の人、あの人はイップさんって言ってね、私の先輩なんだよ」


「フル……フルルゥ! フルルッ!」


 息を弾ませながら語るリエティールの説明を聞いてロエトも理解したのか、イップを視界に捉えると声援を送るように激しく鳴いた。

 久しぶりに思わぬ相手の姿を見たことに、高ぶる気持ちを抑えきれないリエティールは、目を輝かせ身を乗りだし、ただ一心にその戦いの様子を見つめ続けた。


 一瞬の隙を突き、その脇に渾身の一撃を食らわせる。


「がはっ!」


 喰らった男は声を上げて倒れ、そこに追撃を喰らわせようとしたところで手を挙げて降参の意を示した。


「いい感じっす」


 調子がよさそうにそう笑みを浮かべ、しかし油断はしない鋭い眼差しを変えず、イップは降参したエルトネから視線を外し次の相手を探す。


「おらぁっ!!」


と、不意にそう叫びながら男が飛び込んできた。イップはそれを素早い身のこなしで躱し、振り返ってその相手と対峙した。


「ちぃっ、外したか」


 男はイップと同じ剣士で、ガタイが良く荒々しい顔つきでイップを睨みつけた。イップはそれに怯むことなく、口元に小さく笑みを浮かべて睨み返した。


「君が次の相手っすね」


 そう言い、イップが構えると、男はどこか苛立たしそうにしつつ剣を構え、すぐに再度攻撃を仕掛けてきた。

 剣と剣がぶつかり激しい金属音を上げるが、鍔迫り合いにはならずイップがそれを受け流す。男は勢いのままイップの背後に流され、イップはそこに振り向きざまの一撃を叩きこむ。しかし男は力任せに盾を振るい、その攻撃を防いだ。

 剣を弾かれたイップは仰け反るが、直後何かを察知したかのように体を捻り、男がいる方とは別の方向に盾を翳した。

 すると盾に何かがぶつかり、カンッという音を立てて地面に落ちた。それに目をやると、落ちていたのは矢──先端は鉄の鏃ではなく円柱状に削られている石──であった。


「成程、二対一っすね」


 そうしている間にも再び仕掛けられた男の攻撃を身を低くして躱しつつ、イップはそう言って遠くに目を向ける。

 そこにいたのは弓を構えた女で、男はその弓使いと結託してイップを倒そうとしている様子であった。男がイップと戦い、そこに隙を見て女が矢を放つ、という寸法であった。

 手出しができない位置にいる遠距離攻撃の使い手と言うのは非常に厄介な相手ではあるが、イップはそれでも焦りを見せない。


「おいら、避けるのは得意なんっすよね」


 そう言い、イップは男と距離を取りつつ女との位置関係も把握する。男が再び突撃してくると、イップは余裕をもってそれを回避する。回避する先は男を挟んで女の反対側、つまり射線を遮らせる形で立ち回った。

 避けるだけではなく隙を見ては反撃も図り、男は思い通りに攻撃できないことに余計に苛立ちを露わにし、女は男が滅茶苦茶に動くうえイップが中々射線上に留まらないことに苛立っていた。


「ちょっと! あんたが動きを止めるって私を誘ったくせに何してんのよ!?」

「あ゛ぁ゛!? うっせえ! さっきから全然攻撃してねえくせに偉そうに喋んな!」


 ついに我慢できなくなった女が声を荒げると、男は目の前のイップに対して抱いていた怒りを女にぶつけ始めた。


「あんた図体でかくて邪魔なのよ!」

「んだとこの下手糞がっ!! 後ろに突っ立ってるだけの役立たずが偉そうにしてんじゃねえ!」


 男の意識は完全に女に向き、目の前にいるイップのことなど忘れたように口喧嘩に夢中になっていた。


「失礼するっすよ」


 そんな男に、イップは遠慮のない一撃を頭部にお見舞いした。剣の歯は潰れており男は兜も被っていたが、その一撃の衝撃はすさまじく、脳を揺さぶられた男はぐらりと目を回してその場に倒れた。


「あっ……」


 女が状況を理解して声を上げるよりも早く、イップは女に向かって駆け出していた。


「っ……!!」


 降参の声が出ず、女は反射的に逃げだした。このまま逃げて、追いつかれる前に他のエルトネと手を組めばまだ助かるかもしれない。そんな思いもどこかにあった。


「降参しないなら倒すだけっすね」


 しかし、すぐ背後で聞こえてきた声にそれが無理だと悟る。追い詰められて、どのみち、他人に頼って戦っていた自分は生き残れないのだとやっと理解した女は、イップの剣が振り下ろされる前に叫んだ。


「降参っ! 降参するからやめてっ!!」


 衝突の寸前でイップの剣は止まり、女はがっくりと膝をつくのであった。

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