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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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372.次の戦い

 女性が腕を目いっぱい伸ばしたところで、飛び退いた男性に届かないことは明白であった。それほどはっきりと距離が開いていたにもかかわらず、女性の顔には諦めの色はなかった。それどころか気が抜けることなく真剣で、何か確信を持っているように思えた。

 その妙な感覚を、リエティール含む観客の何名かは感じ取っており、それを向けられていた男性も当然ながら分かっていた。

 攻撃は届かないと、そう考えていた男性は余裕を得たはずだと思いながらも、その感覚に安堵の表情を浮かべることができなかった。

 そして次の瞬間。


「……っ!?」


 女性の手から放たれた鋭い炎の刃に、男性の頬が切り付けられたのである。

 火が掠めた熱さと同時に切り付けられた痛みを感じ、男性は思わず動きを止めて手を伸ばし、その様子を女性は乱れた息を整えながら見ていた。

 そうして、男性が敗北を宣言すると、女性はにっこりと微笑み、


「お手合わせ有難う御座いました」


と言うのであった。


 観客の多くは、それまで魔法を使うそぶりを見せていなかった女性が、忘れた頃に魔法を放ったことに驚きつつも、何故頬を掠めただけの一撃で男性が負けを認めたのか分からなかった。

 その中で、リエティールは女性の動きを注視していたため、その理由をしっかりと見ることができていた。

 女性は手を伸ばした時、直前まで確かにその先は男性の首に向いていたのである。しかし魔法が放たれる瞬間、女性は手首を捻って狙いを逸らしていた。

 つまり、女性は急所を狙えた状況でわざと狙いを逸らし、かつ大怪我にならない程度に傷を与えられる箇所を狙って攻撃を当てたという事であった。

 それを、対峙していた男性もすぐに理解したのだ。女性が自分に対して決定的な攻撃を与えられたのをわかったからこそ、敗北を認めたのであった。

 決め手が理解できなかったとしても、女性のローブを纏った見た目からは想像できなかった見事な体術と、それに負けず劣らず善戦した男性に対して、見ていたエルトネ達からは拍手が鳴らされた。

 試合場の中央、男性と女性は互いに力強く握手を交わした。


「お見事でした。 まさか、魔術師ストラでありながらあそこまで見事な体術をお使いになるとは」


 男性の称賛に、女性は穏やかに微笑んで応える。


「単独で魔術師と公表して活動すれば、相応の危険を伴うことは理解していました。 それで、自分の身を守る為に体術を身につけることに決めて、長い間修業をしてきました。

 今回の模擬戦は、その成果を試す目的でもありました。 騙すようなやり方をしてしまって申し訳ありません。 こちらこそ、貴方と戦うことができてとても有意義でした」


 戦いも終わり、観戦していたエルトネ達も離れてそれぞれの鍛錬に戻り始める。男性と女性が外に出て、次の順番を待っていた組が入るのを視界の端で見ながら、リエティールは女性の放った炎の一撃の光景を思い浮かべていた。

 生活の中で使われる火とは違う、攻撃のための火の魔法。それを見た瞬間、リエティールは驚きと同時に僅かな「恐れ」を感じていた。

 エキを司る氷竜エキ・ノガードにとって、エリフは弱点である。それがリエティールに本能的な恐怖を与えていたのだ。

 ギュッと、リエティールはペンダントを握り締めた。エフナラヴァの命を奪ったのも魔法の炎であった。焼け爛れた体で必死に助けを求めるその姿を想起し、リエティールは胸が締め付けられる思いになった。


「フルル……?」


 そんなリエティールの様子を心配して、ロエトが優しく鳴きかける。その声にハッとして俯き気味になっていた顔を上げ、ロエトの頭をそっと撫でた。


「ありがとう。 こんなことで怖がってちゃだめだよね。

 ……だって、私は火竜エリフ・ノガードと戦うんだから」


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、リエティールは深呼吸してリラックスるように努める。眼前では既に次の模擬戦が始まっていた。

 そのままの流れでその模擬戦の様子を眺めながら、リエティールはこれからのことに思いを馳せる。

 戦わなければならない相手の内、残るは火竜のみ。氷竜としては相性が非常に悪く、今の自分がどこまで通用するのか想像もできないが、勝てると断言できる自信はない。

 自分がまだまだ未熟であることをここまでの道のりでも実感していた。誰かに助けられなければ乗り越えられない困難ばかりであった。


「でも、だからこそ、大会を頑張らなきゃ。 絶対、最低でもトーナメントまでは進出しなくちゃ!」


「フルル!」


 気合を入れるようにそう言うと、ロエトも同調するように力強く鳴く。

 そして、目の前で繰り広げられている模擬戦をじっくりと見る。対戦しているのはどちらも剣士で、激しい剣戟の音が鳴り響き、どちらも引けを取らない。

 リエティールはそれを見ながら、片方を自分に置き換え自分ならどう動くか、槍を使ってどう対処するか、というようなシミュレーションを始めた。

 いつのまにかそれに夢中になり、気が付けば日が深く傾き始めていた。あっという間に時間が過ぎていたことに驚きつつも、この時間は有意義だったと思い、満足げな表情を浮かべてリエティールは宿泊施設へ向かって帰っていった。

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