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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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371.結末は一瞬

 ダッと地面を蹴り、男性は女性に向かって勢いよく駆け出す。その手に持たれているのは殺傷能力を限りなく低くするためしっかりと刃を潰した剣であったが、まともに受ければただでは済まないであろう。ましてや女性は革のローブを着ているだけで鎧のようなものはどこにも纏っていない。どこに当たってもかなりのダメージになるだろう。

 傍から見てもそう考える一撃を受けようとしているにもかかわらず、女性は余裕のある顔で男性を見つめたまま逃げようとはしない。

 一体どうするつもりなのだろうと、リエティールやその他の観戦しているエルトネはひやひやとした心情でそれを見ていた。


「うおぉぉぉぉ!!」


 剣の間合いに入り、男性が力一杯に振り下ろそうとした瞬間、漸く女性が動いた。

 右足を外側に向けて突き刺すように大きく踏み込むと、その脚を軸にして体全体を後ろに向かって回転させる。

 その回転の方向は男性が剣を振り下ろす方向と同じで、見事に紙一重のところで届かずに躱した。剣を振り下ろしすぐには動けず、無防備になったその背中に、女性は回転の勢いを乗せて強烈な蹴りを喰らわせた。


「ガハァッ!?」


 踵の鋭い一撃に、男性はそのまま前に倒れそうになったが、ギリギリ剣をつっかえ棒代わりにしたことで踏みとどまった。

 背後では、女性が蹴った勢いでそのまま飛び退き距離を取り直していた。


「滅茶苦茶痛そう……」


 ギャラリーから、どこからともなくそんな声が漏れ出る。ローブに隠れて見えていなかったが、女性の靴の踵には金属で加工されたような部分が見え、そっれを思いっきり振り下ろされたのである。男性は軽鎧を身につけていたが、それでもかなりの衝撃が走ったに違いはなかった。


「くっ……」


 悔し気に男性が振り返る。女性はにっこりと微笑みを浮かべ、それを受け止める。

 男性は一度ぎりっと歯を食いしばるが、すぐに好戦的な笑みを浮かべ、


「なるほど、こりゃ魔法を使わせるのも難しいってわけだ」


と呟き、再び攻撃を仕掛けるのであった。


 それからしばらくの間、激しい攻防が続いた。

 男性が切りかかり、女性がそれを華麗に躱す。女性はそのままカウンターを狙うが、一度喰らった男性も無抵抗に食らうつもりはなく、さらにそれを躱す。躱されて姿勢が乱れた女性に男性が再び攻撃を仕掛ける。しかし女性はしなやかに体を動かしてそれも躱して距離を取り直す。

 何度が剣が女性に触れそうになったタイミングもあったが、そうなると女性は手足を巧みに使ってそれを往なした。靴だけでなく手袋にも、籠手のように何かが仕込まれているらしく、ぶつかる度にガキンと固い音が鳴り響いた。


 初めは魔術師ストラの戦いに興味を引かれて観戦しに来たエルトネ達は、いつの間にかそのことを忘れ、柔軟に動きまわる女性の見事な体術に、あるいは不屈の精神で攻撃の手を工夫し女性に喰らいつき続ける男性の闘志に心を惹かれていた。

 一見すると攻撃を的確に躱し続け、カウンターを狙う女性の方が余裕があるように見えるが、積極的に攻撃を仕掛け続けているのは男性であり、カウンターのダメージも最初こそ不意を突かれてよろめいたが、そこまで大きなものではない。

 リエティールは一体どちらが勝つのか、他のエルトネ達と同じようにその戦いに夢中になっていた。


 一体いつまで続くのか、予想のできない戦いにも終わりの色が見え始めた。


「はぁ……ふぅ」


 女性の息が上がり始め、息遣いが荒くなり始めた。やはりスタミナの面では男性が有利であったか、長引いたことで体力が限界に近づいていた。一方の男性は、疲労は溜まりながらもまだ余裕がある様子で、女性の様子を見てか、その口元に小さく笑みが浮かんだ。


「どりゃぁっっ!!」


 これで決める、とばかりに男性が大きく声を上げて目一杯に剣を振り下ろす。疲れている様子の女性にエルトネ達は「ここまでか」と誰もが思ったが、女性は諦めてはいなかった。


「……ハアァッ!!!」


 その目線を鋭く変えると、一瞬のうちに体を大きく捻り、渾身の蹴りを繰り出した。

 今までで一番強力なその蹴りは、剣の腹に強くぶつかり、空気を揺らすような金属音を響かせた。


「ぐぉっ!?」


 剣は激しく細かく震え、その振動が腕にまで伝わってきた男は思わず剣を取り落とす。

 まずい、と感じ剣に一瞬意識が向いたが、すぐに真正面から飛び出して迫る女性に気が付き、拾うのを止めて後ろに飛び退いた。

 その距離は十分であった。女性が目いっぱい手を伸ばしても男性には届かない。体力を消耗していたことと、今まで反撃を主として戦ってきた女性が急に自ら攻めたその行動から、この一撃に全力を込めているということは予想できた。これをやり過ごせば反撃のチャンスが来る。

 男性はそう思い、心に余裕ができた。


 しかし、それは間違いであった。


「……っ!?」


 焼けるような熱さと肌を切られる痛みが頬に走り、男性は背筋を凍らせた。思わず手で頬に触れると、そこから血が流れていた。

 驚きのあまり立ち止まってしまった男性に、女性は近づいてハンカチを取り出して頬に当てた。そして柔らかい笑みを浮かべると、


「いかがでしたか?」


と問いかける。それに対して男性は観念した、と言うように苦笑を浮かべ、


「参った。 あなたの勝ちです」


と答えた。

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