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氷竜の娘  作者: 春風ハル
371/570

370.模擬戦の見学

 店を出た後は、訓練すると言ってアルモックはすぐに分かれていった。

 この後どうするかを決めていなかったリエティールは、少しの間通りをふらふらと彷徨い歩いた後、一度ドライグに行ってから決めることにした。

 すでに午後という事もあり、今日中にできそうな依頼を見つけるのは難しいだろう。もしもなければ裏手で訓練をするか模擬戦の見学でもすればいい。と、そんな風に考えながら、リエティールはドライグに到着した。

 中をのぞくと、案の定エルトネの数は少なく見通しの良い状態であった。依頼を見ている者は片手でも指が余るほどで、いるのは模擬戦目当てらしいエルトネばかりである。大会の受付期間を終えた受付は通常通りに姿を戻し、つい先日までの騒がしさは嘘のように落ち着いていた。

 掲示板に軽く目を通しつつ、やはりよさそうな依頼は見つからないと判断して外に出ようとしたタイミングで、不意に受付でのやり取りの声が耳に入ってきた。


「よろしくお願いしますね」


「ああ、こちらこそ。 それにしても運がいい! 魔術師ストラの方と模擬戦ができるなんて」


 魔術師、という言葉に、リエティールは振り向いた。その会話をしていたのは、大柄で鎧を纏った男性と、おっとりとした笑みを浮かべる女性の二人であった。

 どうやらその女性の方が魔術師であるようで、革のローブを着ている以外には武器なども身につけていないようであった。

 そんな女性との模擬戦権利をいち早く手に入れた男性のことを、出遅れた他のエルトネが羨ましそうに、あるいは妬ましそうな視線を送っていた。

 二人は裏手に向かう為、リエティールのいる出入り口へ歩いてくる。それをリエティールは脇に避けて一度見送ってから、やはり気になって他のエルトネと同じように後をついていった。


 魔術師はやはり珍しい存在で、さらに個人で訓練をするならまだしも、模擬戦をするような魔術師はほぼ見つけることができない程少ない。その理由はやはり魔力が貴重である故であった。自らの武器である魔力を模擬戦で消費してしまった場合、また貯えなおさなければ実践に使うことはできない。

 つまり、魔術師と模擬戦ができるというのは、一生のうちにあるかないかというレベルで希少な体験なのである。


 裏手に行くと模擬戦用の試合場はすべて埋まっており、その後にも順番待ちの列がそこそこ続いていた。


「少し時間がかかりそうですね」


 女性はそれを見て少し困ったように頬に手を当てて言った。男性はそれに同意しつつ、仕方がないと列の後ろに並ぶ。見学目当ての後からついてきたエルトネ達は、すぐに見られないことに落胆の表情を浮かべていた。


「私が並んでいますから、どうぞ訓練なさって来てくださいな」


「え? いや、しかしそれは……悪いですよ」


 女性の申し出に、男性は驚きながらそれを断る。模擬戦の対戦相手を一人残して自分は鍛える、それも相手が女性であるとなれば後ろめたさも強くなる。

 しかし、女性は首を横に振ると優しく微笑み、


「お気になさらず」


と言って譲らなかった。暫く行って行かないの問答が続いた後、どうしても譲らない女性に根負けして、男性はやりづらそうにしながら、列から見えにくい場所まで行って鍛錬を始めていた。

 エルトネ達もそれに続くようにして散っていき、リエティールも同じように、列の進み具合が見える辺りに移動して槍の素振りをすることにした。

 それから暫くして、男性が様子を見に列の方へ向かう姿に気が付き、リエティールもその後を追って再び試合場の近くへやってきた。

 女性は男性が近づいてきたことに気が付くと、微笑みを浮かべてそれを迎えた。


「もう少しで順番が回ってきそうです。 良いタイミングですね」


 それに対して男性はどこか居心地が悪そうに目線を下げながら答える。


「そうですか。 ……いや、やはり、申し訳ないです。 一人で列に並ばせるなんて、すみません」


「謝ることはありませんよ、私がそうして欲しいと言ったのですから」


 申し訳なさそうに肩を落とす男性に、女性は笑みを崩さず言葉を返す。そんな女性に、男性は戦う前から気圧されている様子であった。

 散っていたエルトネ達もそろそろだという事に気が付き戻り、他の何も知らなかったエルトネも、女性の身なりを見て、まさかと勘づいて近づいてくるものがちらほらと現れ始めた。

 最終的に、二人が試合場に入る時にはその直前の試合を見ていた人数の倍以上が集まっていた。その様子に男性は緊張しているようであったが、一方の女性は肝が据わっており、怖気づいた様子もなく、それどころか男性を落ち着かせるために「模擬戦ですから、気楽にいきましょう」とまで声をかける程であった。男性は逸れに頷きつつも、情けないと言うようにため息をついた。


「それでは、お手柔らかにお願いしますね」


「よろしくお願いします」


 相対し、お互いに言葉を交わし一礼、そして、


「行きますよ!」


と、男性が先に声を上げ、その両手に剣を構えて女性に向かって駆け出した。

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