36.エトマーからの出立
そうして二人が話をして時間を潰していると、やがて商人達が戻ってきた。どうやら話がついたらしく、その顔は随分とにこやかだ。ここを出て行くときの顔色の悪さが考えられないほどに調子が良さそうであった。
「おまたせしました、お二方。 話がついたので、ソレア殿は荷下ろしを手伝ってください」
商人の一人がそう言い、ソレアは頷いてドライグから出、他のそれぞれも続いて外に出ていった。
外に出て横手に回るとそこには獣舎があり、エスロという動物が柵の中で繋がれていた。エスロは乗り物として背に乗ったり、荷車を引かせる生き物としてよく用いられる、人間とは関係の深い無垢種であり、商人達の大半はこのエスロを所有している。
エスロに引かせる荷車はフコアックと言い、獣舎の近くに停められていた。商人達はその幌を開け、ソレアと共に積荷を次々に下ろしていく。その殆どは野菜であり、他にはアコクやエフォックの原料である豆類なども混ざっていた。
荷物の殆どがドライグに持ち込まれ、どうやら売れるものは全てここで売ってしまうようであった。疑問に思ったリエティールがそれとなくソレアに尋ねると、この町ではドライグが中心となっていろいろなものを販売しているのだという。どうやら裏手に店舗のスペースがあるらしく、街の人々はそこで必要なものを買うらしい。町には他にも店はいくつかあるが、服飾や日用雑貨などが多く、他の町から仕入れた商品を扱っているのはドライグだけなのだそうだ。自給自足で細々とやりくりする文化ゆえに根付いたシステムなのだと、ソレアは言った。
エトマーのドライグは、エルトネのための施設というよりは、町人のための店のような役回りになっているようだ。ドライグの表向きの営業は女性とセシフの二人で基本的に回しているらしいが、店舗側にはちゃんと販売や経理担当のスタッフが勤めているらしい。
商品が下ろされた後の荷車の中は殆ど空の状態で、本来であればここに仕入れた商品が入れられるはずなのだが、このエトマーでは他所に持っていって売れるような品が無いため、仕入れはしないようであった。ここにいる全員が乗ってもまだ余裕がありそうなほどのスペースが開いている。
荷車にエスロが繋がれ、商人の一人が御者台に座り、残りの二人の商人とソレア、それからリエティールが荷車に乗り込む。商人二人は前方に、ソレアが後方を見張る為に後ろに座り、リエティールはソレアの後ろ、間に挟まれるような形で乗り込んだ。
「では、短い間でしたがお世話になりました」
御者台の商人がセシフ達に向かって頭を下げて言うと、セシフ達も深々と頭を下げて見送りの言葉を言う。
「こちらこそ、沢山の品を仕入れることができて助かりました。 ご縁があれば、また是非いらしてください」
その言葉には、ドロクの町の問題で商人達が訪れなくなることを考えてか、少しばかりの不安も含まれていたのだが、それを表に出さないためか顔にはにこやかな笑みを浮かべていた。
セシフの隣で同じように笑顔でいる女性は、フコアックが動き出し、後方から顔を覗かせているソレアを見ると、大きく手を振って、
「また来てくださいね!」
と大きな声で呼びかけた。それに対してソレアは答えるように手を上げ、女性はその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
フコアックの中でリエティールは、暫くソレアの背中越しに外の景色を眺めていたが、ふと商人達の方を見てその顔を眺め、
(なんだろう、見覚えがあるような……?)
と思っていた。しかしそれがなんなのか分からないままでいると、それまでたわいも無い話をしていた商人の二人のうち、一人がふと違う話題を切り出した。
「それにしても、ドロクで仕入れができなくなるとなると、これからの稼ぎはうんと減るだろうな。
ああ、ただでさえあの服が仕入れられなくなって儲けも減っちまったてのになあ」
その言葉に、彼女はピクリと反応し、よりよく耳を済ませた。もう一人の商人が答えるように口を開く。
「ああ、あの婆さん、結局どうなっちまったんだろうかね。 突然姿を見せなくなっちまった。
もう何年経ったか……何かあったとしたら、あの子どもはもう……」
「あの身なりはまあスラムだろうな。 ドロクのスラムで子どもが生きていられるとは思えねえ。
……あー、想像でしかないけどよ、こんなことになるなら、もうちょっと高めに買い付けてやっておくべきだったか」
その会話で、リエティールの中で疑惑が確信へと変化した。
(この人達、あの時の商人だったの……?)
曖昧ではあったが、服を買い取ってくれていた商人達の顔を思い出すと、確かにどことなく似ている気がする。人数も三人だったはずだ。
あの時、この商人達も女性がスラムの住人だと考えて買い取り料金は相場より随分と安くしていたが、他の蔑むような視線を向けてくる商人達とは違い、ちゃんと向き合って服を買い取ってくれたのだ。
普通はスラムの者が作る品など、いちゃもんをつけて突っぱねられるところを、彼らは買い取ってくれたのだと、女性が嬉しそうに言っていたのを何度か聞いたことがあった。彼らがいなければ女性はとっくの昔に息絶えていたであろうし、リエティールも救われず凍え死んでいたに違いない。
商人達はリエティールがあの時の少女だとは全く気がついていない。リエティールは今すぐにでも名乗り出て、彼らに感謝を伝えたくなった。
しかし、正体を告げるとなれば、彼らは必ず彼女の変わりようについて詳しく聞きたがるだろう。どうやって生きのびたのかも必ず問い質されるに違いない。彼女には自身の変化や経緯について上手くごまかせる自信が無かったため、感謝の気持ちをぐっと押さえ込み、胸のうちにしまっておくことにした。
彼女がそう考えているうちに、商人達の話題はすっかり別のものに変わっていた。一人が何かを思い出したようにはっとした顔をして、それから身につけていた袋の中から一枚の丸められた紙切れを取り出す。それを見たもう一人が、
「お、それ、もしかしてさっきのやつか!」
と、やや興奮気味な口調で言う。紙を取り出した商人は大きく頷き、紙を広げてみせる。リエティールがこっそりと覗き込むと、そこには文字と絵が並べて書かれていて、どうやら飲み物のレシピのようであった。
「これ、本当によく効いたよな。 おかげですっかり頭痛も無くなったし、だるさも全然感じない」
「ああ、このレシピを買えただけでも儲け物だ」
話の内容から察するに、これは二日酔いで弱っていた商人達に出されていた飲み物のレシピのようであった。そのレシピをいくらかの値段を提示して買い取ったのだろう。彼らの今の元気さから考えると、相当よく効いたらしい。
「これ、クシルブで売れないか?」
「そりゃいい! 売れれば儲かるし、この効き目なら確実に人気が出るはずだ。 それにクシルブでいつでも飲めるようになれば俺達も助かる。
これは必ず売れる。 それなりに高い値段をつけても大丈夫だろう」
先ほどのしんみりとした雰囲気はどこへやら、リエティールは商人の逞しさにただただ感心するのみであった。




