366.開催宣言
「選手の方はこちらへ! 押し合わず、順番に歩いてください!」
案内係の大きな声が周辺に響き、誘導に従って大勢のエルトネが次々に控室から外に流れ出す。リエティール達の部屋もすぐに出るように指示が飛び出し、前に続いて会場に向け歩き出す。
前を行くエルトネの後についていきながら、リエティールは入口の方を小さく振り向いた。控室から順番に案内されている分にはそこまで混乱はなさそうであったが、エイマが考えていた通り入口の方には来たばかりのエルトネが殺到しているようでかなり騒がしい様子であった。
大勢のエルトネがこの道までなだれ込んでくるのは時間の問題であろう。リエティールは改めて早めに来ることができて良かったと安堵の表情を浮かべるのであった。
「わっ……」
屋内から会場に出て、眩しく照る太陽の光の眩しさに思わず小さな声が漏れる。それまでずっと肩の上で大人しく縮こまっていたロエトも、その眩しさに目を細めて身を震わせた。
天気は快晴。透き通るように青い空は汗ばむほどの日光で満たされ、大会の始まりを告げるにはもってこいの天気であった。
エイマはリエティールのすぐ横に並び、日の光を避けるようにフードを深々と被りじっとしていた。リエティールも、頭に降り注ぐ日の熱さを感じ、真似をするようにフードを被った。
周囲のエルトネに目を向けると、こうなることを予見していたのか帽子を被り余裕のある表情を浮かべている者もいれば、考えていなかったのか熱さにうんざりとした表情を浮かべて項垂れている者もいた。
そんな中、リエティールは再度見知った顔を探して目を動かした。しかしすぐ周囲を人に囲まれている状況、しかもその全てが自身よりも背が高い、となれば見通しが良いわけもなく、見える範囲は非常に狭い。そんな状況で人探しが捗るということはあらず、早々に諦めざるを得なくなった。
何もやることもなく、じっとしているしかない時間は退屈で、リエティールはボーっとしていたが、ふと顔を上げて視線を上に向けた。
周囲を人に囲まれ碌に見渡すこともできない状態ではあったが、肩の隙間越しにその向こうを垣間見ることはできた。
見ると、観客席の方にも人が入っているのが見えた。それもかなり多い人数である。続々と人が入って来ては、詰めて席に並んでいく。
今日は試合があるわけでもない。ただ開会の宣言があり、明日からの試合の段取りについて説明がされ、グループ分けが参加者に伝えられる、それだけである。
それだけであるにも拘らず、参加者以外にこれだけの人数が集まるという事は、それだけこの大会を楽しみにしている人々が多いという事である。
「凄い人ですね」
そう、隣にいたエイマに何げなく話しかける。じっと立ち続けていたエイマはその言葉に顔を動かし、それからリエティールの視線を追って観客席を見る。そして彼は頷いて肯定を示すと、
「それだけ、この国の人々にとって戦いと言うものが文化として深く根付いている、ということなのでしょう」
と答えた。
ただ一人、自分が注目されているわけでもないと頭では理解しながらも、大勢の視線の先に自分がいると思うと、リエティールは急に緊張して落ち着きをなくしてそわそわとし始めた。
彼女の隣にいるエイマは打って変わって、表情が変わらないだけでなく動揺したり緊張したりというような素振りを全く見せていなかった。
「エイマさんは、緊張しないんですか?」
リエティールが尋ねると、彼は小さく首をかしげてからこう答えた。
「緊張しないわけではありません。 しかし、集中すると自ずと視線などは気にならなくなるものです」
その答えに、リエティールはそういうものなのか、とよくわからないなりに「そうなんですか……」と相槌を打つ。
そんな彼女にエイマは続ける。
「戦いが始まれば、自然とそうなります。 なのでそう深く考える程の事でもないです」
そう言って彼は再び視線を前に戻し静かに佇む体勢に戻った。
リエティールはどうしたらよいのか手持無沙汰な気持ちであちこちに視線を動かしながら、ただ早く準備が終わって開会式が始まるのを待ち続けるほかなかった。
ざわめきの中、不意に「ボンボン」というような、何かを叩く音が闘技場内全体に響き渡った。その音に、リエティールやエイマを含むすべてのエルトネ、更に観客等、その場にいた全ての人が喋るのを止め顔を上げ、その視線を会場前方の中央へと向けた。
そこには数段高くなった小さな壇の上に立つ一人の人物がいた。全員の視線が集まる中、その人物は爽やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます! 私は今大会の司会を務めます、タレードと申します」
魔道具らしきものを口に近づけて声を発すると、その声が闘技場のあちこちに取り付けられた別の魔道具を通じて場内に響き渡る。
「この快晴の空、物事の始まりにふさわしい日和に、武闘大会を開催できることを大変喜ばしく思います」
その言葉に誰もが耳を傾け集中する。
「一年のうち最も規模の大きいこの大会、今年も大勢の参加者が集まりました。
その記念すべき始まりの言葉は例年通り、国王エザルブ様より賜ります!」
その言葉と共に司会は横に避け、壇の後ろからエザルブ・ギルマールが姿を現した。その姿を見た瞬間、会場のあちらこちらから歓声が飛び出す。
彼がその手を上げて静まるように示すと、その声はすぐに止み、再び静かになる。
「皆よ、この良き日に大会の開催を宣言できること、それは一重に皆が健やかに、そして逞しく生きてくれたおかげである。
今日という日を無事に迎えられたこと、心から嬉しく思う」
力強く言葉を紡ぐが、そこから彼は少し悩むように頭を掻いた後、吹っ切れたようにニカッと笑って言った。
「めんどくさい挨拶はこれで終わりだ! 今ここに! 大武闘会の開催を宣言する! 皆精一杯力を尽くし、正々堂々と戦いに励むように!」
その言葉と同時に、闘技場中が沸き立つ大歓声に満ち溢れた。




