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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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364.束の間の静かな朝

「あの店です」


 そう言い、エイマは通り沿いにある一つの建物を指さした。他の建物とほぼ変わらない、何の変哲もない外観であったが、その軒先に掲げられた看板が、それがカフェであるとということを示していた。

 それを見ながら、リエティールはここに来るまで見てきた景色を思い返して小さく首を傾げこう言った。


「こんなに朝早いのに、お店が開いてるんですね」


 今回向かっている店以外にも、ちらほらと開いている店を見かけていたのだ。早朝であり、普通の店であればもう少し、朝日がしっかり昇ってから開店するのが普通であろう。今はまだ日がしっかりと昇り切らず薄暗いともいえる時間帯であるにも拘らず、そこそこの数の店が扉を開いて客を迎え入れているのである。


「僕のように早朝から活動しているエルトネに向けて、そういった習慣が根付いているのかもしれません」


 通常、早朝と言うのはまだほとんどの人が活動せずに家の中で過ごしている時間帯である。当然、普通であればそのような時間帯に店を開いたところで客はほぼ来ないであろう。

 しかしこの町ではエルトネの人数が多い。その中でもエイマのように早朝から活動を始める者もそこそこの割合で存在していた。現に、リエティール達の他にも町の中を歩いているエルトネと何度かすれ違っていた。

 そうしたエルトネからの需要があるため、早朝から店を開くことを決めた店も同様に存在している、という理由であった。


「着きました。 入りましょう」


 そうこうしている内に店に到着し、エイマに促されリエティールも後に続いて店の中に入る。

 中に入ると店員が「いらっしゃいませ」と一礼し、空いていた二人掛けの席に案内した。店内はそこまで広くはないがこざっぱりとしており、控えめな照明がほんのりとした良い雰囲気を醸し出していた。

 メニューは特に変わったものではなく、リエティールもエイマも、同じように朝食のセットとして書かれていたものを注文した。

 それから程なくして飲み物が運ばれてきた。水の中に数種類の果実が付けられた果実水で、当然の如くメニューにはしっかりと「オアシスの水を使用」と書かれていた。


「……わ、冷たい」


 一口飲み、リエティールはその冷たさに驚いて思わずそう言葉を漏らした。

 砂漠の中央に存在するこの国では氷を始めとする冷たい物品は貴重なものである。日中町を歩いていても、売られているのは常温の飲み物が殆どであり、魔道具スルートなどで冷やされた飲み物を扱っている店はあれど、常温の物と比べるとかなり高価であった。

 リエティール達が注文したメニューは特段高いわけでもなく、それだというのに冷えた飲み物が出てきたことにリエティールは驚いたのだ。

 そんな彼女の反応を見てエイマはこう説明した。


「砂漠の夜は冷えますから、夜の間に冷やしているのでしょう。 なので、朝は冷たい飲み物を通常と同じ値段で扱っている店が多いです」


 その説明にへえと感嘆の声を漏らしつつ、冷たい果実水を楽しんでいると、間もなく注文したセットが運ばれてきた。

 柔らかい肉と果実ベースの酸味のあるソースをパンの間に挟んだヒドゥナスに、付け合わせのダラス、そしてデザートには以前リエティールが収穫したものと同じ種類のストッキャの実を食べやすく切ったものが並んだ。リエティールはそれらを、少量ロエトに分け与えながら食べ進めていった。

 全体的にさっぱりとした味わいの朝食は、まだ完全に目覚めていなかったリエティールをしっかりと目覚めさせ、食べ終わる頃にはすっきりとした気分になっていた。


「美味しかったです! 目もしっかり覚めました!」


「そうですか、それなら良かったです」


 リエティールの言葉に、エイマは相変わらず無表情であったが、どこか嬉しそうな声色でそう応えた。


 食事を終え代金も支払い、店を出たエイマにリエティールは、


「これからどうしますか?」


と尋ねた。朝日も徐々に昇りだし、外を出歩く人の数も行きの時よりも少し増えているように見えるが、開会の時間はまだ先である。

 今日この日までずっと朝早くから鍛錬に出かけていた彼のことを考え、これから開会式が近くなるまでまた鍛えるために何かするのだろうと思っていたリエティールであったが、帰ってきた答えは予想とは違ったものであった。


「このまま闘技場に向かいましょう」


 その言葉に、リエティールはつい「え?」と聞き返してしまう。開会式が始まるのは午前中ではあるが、それでもまだかなり時間がある。こんなに早く向かっても待機時間が退屈になってしまうだけなのではないかと思っていたリエティールは、まさかそう選択されるとは思っておらず目を丸くした。

 そんな彼女に、エイマは冷静に理由を続けた。


「今まで見てきたように、大会の参加希望者は大勢います。 それこそ、道を埋め尽くすほどの人数でした。 あれだけの人数が何日分も集まり、一度に闘技場へやってきます。

 それを考えるのであれば、あらかじめ混み合う前に会場に入っておくというのが合理的でしょう」


「あ……」


 エイマに言われ、リエティールは町に来るまでのことを思い出す。頻繁に出ているはずのフコアックはこれでもかというほど混み、町についてからも道は人で溢れ、エイマのおかげでその人混みを避けて早めに行動ができていたのである。

 開会の時間が近づいてから向かうのでは、確実に人混みに巻き込まれるだろう。それも、ドライグに向かう人混みとは比べ物にならない程の規模になるであろう人混みである。


「そう、ですね……行きましょう」


 想像をし、流石にそれは避けるべきだと、リエティールは苦笑しながらエイマの提案に頷き、そのまま闘技場に向かうのであった。

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