363.気分転換
現場で確認がとられると、クコルエルトルトの亡骸を背負ったロエトと共に門に戻り、それからすぐに伝書鳥が飛ばされた。
想定していたよりも時間がかかってしまったが、無事にフコアックに乗りこむと、リエティール達はドライグまで戻って依頼達成の報告をした。
それと同時に、先に情報を得ていたドライグから上位種についての話を聞きたいと言われ、別室に案内され、そこで戦った中で感じたこと、特殊な攻撃方法等、通常種との違いについて伝えた。
話の終わりに、回収依頼をドライグからのみではなくリエティールも共同で出せば、亡骸及び素材の所有権を主張して依頼料よりも多額の報酬を受け取ることができると言われたが、所持金にそこまで困っていなかったことと、面倒事はなるべく避けたいという思いから断り、既に日も暮れていたためその日はまっすぐ宿に戻った。
それから、リエティールは大会の開催まで毎日、依頼をこなして過ごした。魔操種の討伐は思っていた以上に時間と手間がかかること、予測できない事態になると日が暮れるまでに帰ってこられない可能性があることを考え、町の中で完結できる依頼のみに絞って受注した。
時間が空けばドライグの裏手で鍛錬し、時には模擬戦の様子を見学しながら有意義な日々を過ごし、遂に開会を翌日に控えた日の夜、リエティールは緊張や興奮で中々寝付くことができず、部屋の窓から暗くなった町を眺めていた。
「フルル」
リエティールの膝の上に乗り、ロエトが短く鳴く。眠れないリエティールを心配しているのか、その声色は優しく穏やかなものであった。
そんなロエトの背をリエティールは微笑みながらそっと撫でる。
「あのね、凄くどきどきするんだ。 明日、始まるんだよね。 日程の発表だけみたいだけど、それだけでもどきどきする」
リエティールは戦うことが楽しみであるわけでも、勝って功績を上げたいと思っているわけでもない。単純な腕試し目的での参加であったが、それでも大会という形式をとっていることで、彼女の気持ちを高ぶらせるには十分な効果を持っていた。
そのまま暫くの間、窓の外の景色をぼうっと眺めていたが、ふと建ち並ぶ建物を静かに照らす白い月を見上げ、
「そろそろ寝ないと、話の間に寝ちゃうかも」
と言い、リエティールはロエトを膝から下ろしベッドの上に横になる。そしてもう一度ロエトの背を軽く撫で、
「おやすみ」
「フルルル」
と言葉を交わし目を瞑った。
翌朝、窓から仄明るい日の光が差し込むのと同時にリエティールは目を覚ました。魔操種を討伐しに行った日よりは遅いが、それでも十分早い目覚めであった。ロエトも少し前に目覚めたようで、少し眠たげにしつつも目を覚ましていた。
ベッドから身を起こし、大きく伸びをしてリエティールは立ち上がる。
開会式は午前から始まるのだが、ここまで早朝ではない。まだ時間に余裕がある為、リエティールは身だしなみを整えつつ朝食はどうしよう、などとぼんやり考えていた。
そんな折であった。
「おはようございます。 起きていますか」
という声と共に、扉が軽くノックされた。リエティールは驚くと同時にその声の主が誰であるかを瞬時に理解し、すぐに扉を開けた。
「おはようございます、エイマさん」
扉の前に立っていたのは彼女の想像通りエイマであった。彼は相変わらず早く起きていたのか、身だしなみは既に完璧に整っており、いつでも外に出て問題無い見た目で、眠気などは微塵も感じさせなかった。
「それで、えっと……どうしたんですか?」
まだ自身の身だしなみが整え切れていないことを気にしつつも、リエティールはエイマに尋ねてきた理由を尋ねる。
「今日は開会の日ですし、折角なので朝食でも一緒にいかがかと思いまして。 大丈夫でしょうか」
「もちろんです!」
彼の誘いに、リエティールは頷いて答える。丁度考えていたタイミングでの誘いであったため、渋る理由もなくすぐにそれに同意した。
今すぐにでも、とそのまま部屋から出そうになったが、
「あ、ちょ、ちょっと……服、ちゃんとしてくるので待っててください!」
と言い、慌てて部屋の中に引っ込むと、焦りながらなんとか身だしなみを整え終え、それから「おまたせしました!」と言って部屋を出、エイマと共に宿を後にした。
「毎朝走り込みで街の方を見に行っていたのですが、その時丁度よさそうな店を見かけたので、そちらに行きましょう」
そう言って、エイマは宿を出て迷うことなく歩を進めた。その途中で、ちらほらとエイマのように走っている者や、ドライグの方へ向かって歩いている者の姿をが目に入った。
「今日は走らなくていいんですか?」
そんな光景を見ながらリエティールが尋ねる。いよいよ戦いの日が近くなってきているのだから、そういう時こそトレーニングを続けておくべきなのではないか、と考えての質問であったが、エイマは、
「たまには無理せず休むことも大切なので。 気分転換にもなりますから」
と答えた。リエティールはそう言うものなのかと頭の中でぼんやりと納得しつつ、もしかすると彼もまた、昨日は中々寝付けなかったのかもしれない、などと考えた。




