355.オアシスの恵み
エクナドの近況を伝えるという目的を果たすこともでき、リエティールは城を後にすることにした。
そろそろ昼時だという事もあり食事をしていかないかと誘われたが、流石に立食パーティの時とは勝手が違い、皇族と同じように食事をするのはリエティールには憚られ、申し訳なさを感じつつも遠慮することにした。断ったことに気を悪くすることもなく、エザルブは「気楽な方がいいよな」と笑ってそれを受け入れた。
エザルブとサルフィスは、リエティールに来てくれた感謝をして別れの挨拶をしたが、リエティールの去り際にふとエザルブが声をかけた。
「ああ、そうだ」
「?」
なんだろう、とリエティールが振り返って首をかしげると、彼はふっと笑みを浮かべてこう言った。
「大会に出るのであれば、俺たちの娘と会うこともあるだろう。 その時はよろしく頼むぞ」
「娘……皇女様、ですか?」
首を傾げつつ尋ね返すリエティールに、エザルブは頷いて肯定する。
先程の話ぶりから皇族は大会の運営には関与していないようであったが、それなのになぜ大会と皇女が結びつくのか、リエティールはいまいちわからず不思議そうにしたままであったが、皇帝であるエザルブがそう言うのであれば可能性はあるのだろうと思い、とりあえず頷いて了承しておくことにした。
城を出て、リエティールは頭上の太陽のまぶしさに目を細めると同時に、自分の体が空腹を訴える音に気が付いた。
城での食事を断れど昼時であることには変わらず、リエティールは何を食べようかと考えながら階段の上から広場の方を見下ろした。
ざっと見渡してみると、どうやらオアシスの周りは武器屋や道具屋よりも食べ物を扱っている店の方が多くあるようであった。やはり水場があるという事で植物を扱いやすいという事もあるのだろう。
どの店に寄ろうかと考えながら階段を下り、リエティールはそういえばと石像の前の方へ視線を向ける。そこには先ほどの女性は既におらず、周辺にも姿は見えなかった。
先程の女性はこの国の皇族に対して敵意を抱いているように、リエティールは思った。あれ程敵意を見せた人物がこんなところにいて問題ないのだろうか、とも思ったが、既にいてしまったものは自分にはどうしようもないと考え、心配に思いながら深く考えるのは止めることにした。
それから、リエティールは石像に近づいて説明書きを読んでみることにした。
石像は帝国の成立のきっかけとなった二つの国王の決闘の様子を切り取ったものらしく、両手にそれぞれ剣を持った人物が勝者である大きなオアシスの国の王、剣と盾を持った人物が敗者となった二つのオアシスの国の王らしい。よく観察すれば、確かに両手に剣を持った人物の方が畳みかけ、もう一人はそれを盾で防いで押されているようにも見える。現帝国の王の祖先であるのだから、優位に立っているように模っているのは当然のことだろう。
それと共に、敗者となった王の方にもある程度の敬意が表れているようにも見えた。もしも勝者を讃えるのであれば、もっと圧勝している姿を模ってもよいだろう。しかし、ここでは劣勢とは言え対等に渡り合っている姿になっている。
戦いと言うものに誇りを持っている者同士、勝敗に関わらず相手を讃えるという考えがあるのだろう。
「そういえば、負けた方の王族はどうなったんだろう?」
「フルゥ?」
ふと疑問に思い、リエティールは呟いた。ロエトもわからない、と言うように声を漏らす。勝った王族が帝国の皇帝となったことは知っているが、敗北した国の王族がどうなったのか、そういった話は聞いていなかった。
殺し合いの戦争であったならば一族が滅ぼされていてもおかしくはないが、お互いの命を守ったうえでの決闘で勝敗がきまり、更にこうして石像に対して敬意が表れていることを見ると、滅ぼされたようには思えない。
暫くの間考えてみたものの、結局はわからないと結論が出、リエティールは再びなった空腹の音に思案を止めて昼食を取るために広場へ向かった。
「さあさあ! うちでスタミナ料理をたんと食べていきな!」
「うちの料理を食べればいつも以上の力が出るよ!」
「体作りに最適な食材をたっぷり使ってるぞ! さあいらっしゃい!」
昼時になると、広場は来た時よりもいっそう活気を増していた。特に武闘大会に参加しているエルトネを呼び込むための誘い文句が激しく飛び交い、皆この機を逃すまいと休むことなく声を張っていた。
四方八方から飛び交う声にリエティールが迷っていると、あちらこちらへ行き交う人々の波にあっという間に飲み込まれ、時には流され時には逆らい、そうしてやっと一つの店に行きついた。
別にどの店へ行こうと決めていたわけではなかったため、彼女はその目の前に偶々現れた店に入り、おススメされた昼食プレートを注文した。
厳しい砂漠の気候の中で育ったエルタックの肉を豪快に焼き、その上にネクチョクの卵のデルファイを乗せたメインディッシュに、オアシスの水で育った野菜のダラスに、同じくオアシスの水で育った果物をふんだんに使ったデザート付きという豪華でボリュームのある昼食は、確かに満足感のあるもので、リエティールも他のエルトネ達も、美味しそうにそれを頬張っていた。




