354.皇妃の激励
「だってだって、あの子ったら、昔は私がいなくちゃいっつも危なっかしくて、放っておけなくて、いつもそばにいてあげたのに! 私がこっちに来てからは手紙も全然くれないのよ! サプライズで喜ばせるくらいしてくれたっていいじゃない! なのになのに! ぬか喜びさせて……!」
悔しそうに膝を叩きながらそう喚くサルフィスを、エザルブが子供をあやすような笑顔で「よしよし」と声をかけながら宥めている。そんな二人の様子を見ながら、リエティールは唖然と立ち尽くしていた。
今まで会ってきた国王は、いずれも過剰に堅苦しくはなくとも威厳があり、格式高い雰囲気を纏っていた。だが、今目の前にしている二人は、豪華な身なりで風格はあれど、そうした威厳のようなものを感じさせない程奔放な振る舞いをしていた。
そんなリエティールの視線に気が付き、エザルブは笑みを浮かべて答えた。
「すまないな。 フィスはエクナド王のことを非常に大切にしていてな、ウォンズからの使者と聞いて楽しみにしていたんだ」
そう言いながら、彼はサルフィスの背をポンポンと軽く叩き、姿勢を正すように言い聞かせた。それでも少しの間はぐずっていたが、落ち着くと漸く体勢を整えた。
こうしているとやはり王族らしいな、とリエティールは心の中で密かに思った。両者の衣服は金の装飾が施され、光を反射してキラキラと煌めいている。しかしながら今まで見てきた王族や貴族の服装とは雰囲気が大きく異なっていた。
サルフィスの服の布は向こうが透けて見えるほどの薄いものが使用されており、要所だけがぴったりとした布で隠されている。光を通す布で体を覆いつつも、手足の細い様はシルエットになって浮かび上がっており、少しの動きでひらひらと舞うその様子は、まるで水中を泳ぐ魚のようにも見える。
エザルブは細かな模様が描かれた布を纏ったような服であり、ゆったりとしたシルエットはローブのようにも見える。
「それで、フィスに挨拶をしたいと言ったそうだが」
二人の姿をリエティールがじっと眺めていると、エザルブがそう言った。その声にはっと意識を戻したリエティールは頷いて答えた。
「は、はい。 その、ここに来る前にオロンテトで、王妃様と話す機会があって、その時エクナド……王様のことを話したら、是非他の姉妹にも同じように伝えてほしい、と言われたので……」
一瞬、エクナドのことをウォンズ国外ではなんと呼ぶべきなのか戸惑いつつも、目的を告げるとエザルブは納得したように頷き、サルフィスは彼よりも激しく頷いて身を乗り出していた。
「そう、そうね! 私はやく貴方のことを聞きたいわ! 城の関係者以外とは全然話す気がなさそうだったあの子が、どうして貴方みたいなエルトネと知り合って、エンブレムを渡すほど仲良くなったのかって、凄く気になってるの!」
先程までの不満げな様子はどこへやら、と言った調子で目を輝かせているサルフィスの豹変ぶりに圧倒されつつ、リエティールは偶然参加することになった城のパーティで初めてエクナドと出会ったこと、その後鉱山で魔操種が暴れ出した現場に正体を隠して来ていたエクナドと共闘することになったこと、城に呼び出されて言葉を交わしたことなど、順を追って説明した。
すると今度は一転して、サルフィスは頬杖をついて大きなため息をついた。
「あの子ってば、そんな無茶をして……! 自分の身にもしものことがあったらって考えなかったのかしら? ナイドは何で止めなかったの? もう、やっぱり私が傍にいてあげないと危険なことばっかり……!」
はあ、と終わりにも大きなため息を吐いたサルフィスに、エザルブは同情するような顔を向け、
「だが、そのおかげでこうして自由に動けるエルトネの友ができたというのであれば、悪いことばかりではないだろう」
とフォローするように言った。サルフィスはその言葉に「そうだけど……」と、若干不満そうに同意の言葉を漏らした。
そう返事をしてから、サルフィスははっと何かを思い出したように顔を上げ、それからリエティールに向かってこう言った。
「そう、貴方、エルトネなのよね? じゃあ今度の大武闘大会に参加してるのよね!」
「え、あ……はい」
彼女の言うとおりであるので何も間違いはないのだが、いきなり決めつけながらそう言われて戸惑いながら、リエティールは慌てて頷いて答えた。
リエティールの肯定を当然と言うように聞いて、サルフィスは続けて言った。
「じゃあ、応援してるわね! 勿論、戦いに関して不正は絶対に許されないから優遇するなんてことはできないけど、注目しておいてあげるわ!
でも、初戦の乱闘で負けるのなんて駄目よ? とりあえずトーナメントまでは勝ち上がってもらわないと」
「乱闘だと見つけられないかもしれないからな」
腰に手を当てて言うサルフィスの横から、エザルブが横槍を入れる。そんな彼の言葉にサルフィスは、
「み、見つけられるわよ! 私はただ、エクナドの友人っていうんだったらそれくらいの活躍はしてもらわないとって思っただけよ!」
と、ほんのり顔を赤くしながら反論をしていた。




