353.砂漠の城
先程の眼差しは一体なんだったのだろうと気にしつつも、リエティールは広場の奥にある階段を上る。
登った先にはすぐに城の入口があり、両側に立つ門番の視線が一気にリエティールへと向いた。
「何用だ」
持っている槍を入口の前で交差させて塞ぎながら、門番は威圧的な口調でリエティールにそう問いかけた。
「えっと……その、皇妃様に挨拶を、と思って……」
うまい答えが分からず、たどたどしくそう答えると、門番は眉を歪めて厳しい目つきでリエティールを見る。
「皇妃様に? 貴様、一体何者だ?」
貴族のような身なりでもなければ、名のある人物にも見えない、他所から来たであろう子どもが皇妃に会いたいなどと口にするとは、門番からしてみれば訝しむのも無理はないものであった。
一方の問いかけられたリエティールは、手紙でも何かもらっておけばよかったと思いつつ、コートの内側につけた、エクナドから貰ったウォンズ王国の王家のエンブレムを門番に見せた。
それを見た瞬間、門番の目の色は変わり驚きに見開かれ、高圧的な態度から一変して姿勢を正し、リエティールを敬う態度になった。
「失礼いたしました。 ご無礼をお許しください。
ですが、何分急なことでありますので、まずは謁見が可能であるか確認を取ってまいります。 お待たせする間、客間までご案内いたしますのでどうぞこちらへ」
オロンテトでも実感はしていたが、エンブレムの効果はすさまじいということをまざまざと感じつつ、リエティールは門番の後について城の中に入った。
城の内部は、建材や建築様式が違う為、ウォンズやオロンテトの王城とはまた違った様相を呈していた。シンプルな壁には美しい模様の布が掛けられており、城内を鮮やかに彩っていた。また、至る所に水を湛えた装飾も施されており、青々とした植物も飾られ、ここが砂漠の中でも最も裕福な場所であると示すような造りになっていた。
廊下を少し歩いて案内された部屋に入り、腰掛けたリエティールにいっぱいの冷えた水が出された。これもまた砂漠の中では貴重な資源なのだろうと感じつつ、リエティールは感謝してそれを飲みながら連絡が来るのを待った。
部屋の中の見慣れない調度品などを眺めながら時間を潰していると、暫くして声が掛けられた。
「お待たせいたしました。 謁見の許可が取れ、既に準備も整っておりますので、どうぞついてきてください」
その言葉に頷き、リエティールは立ち上がって知らせに来た使用人の後をついていく。そうして大きな部屋の前に到着すると、使用人は部屋の中へ向かって深々と一礼する。
「お客様をお連れいたしました」
その言葉にすぐに中から返事が返ってくる。
「入れ」
その声は、威厳がありつつも若々しく、快活な印象を与えるものであった。
返事を聞いた使用人は横に退き、リエティールへ中に入るよう促す。リエティールは浅くお辞儀をすると中へと足を踏み入れた。
王族には既に二回謁見した経験があるとはいえそうそう慣れるものではなく、初対面の相手であることには変わりない。
故に緊張を抱きながら、リエティールは丁寧に歩を進めた。ある程度近くまで歩いてから立ち止まると、玉座に腰掛けている皇帝は笑みを浮かべてこう言った。
「遠くウォンズからよく来てくれた。 俺がこの国の皇帝、エザルブ・ギルマールだ」
赤みがかった黒い髪は少しだけ長く、オアシスの植物のような緑の瞳がリエティールを見つめていた。肘掛けに頬杖を突き、決して厳格そうな印象はなく、寧ろ傲慢そうにも見えるその態度は、しかしその表情は人懐こそうであり、嫌みな印象はなかった。
エザルブの言葉が終わると、リエティールが慌てて名乗ろうとするのを遮って、隣に座っていた皇妃が口を開いた。
「私がサルフィスよ! 歓迎するわ!」
深い海のような濃い青の髪は、解けば床につくのではないかと思うほど長く、それを高い位置で結い上げている。対照的にその目は太陽のように明るい朱色で、ぱっちりと大きいそれを嬉しそうに細めていた。
「あ……り、リエティールです。 その、急に尋ねてしまってすみません」
漸く名乗ることができ、想像以上に歓迎されたことに驚きながらも安堵にほっと胸を撫で下ろす。
そんなリエティールの忙しい心情を推し量ることもなく、興奮気味の様子でサルフィスはこう尋ねた。
「ねえ、貴方! ウォンズからここに来たってことは、あの子の……エクナドが遣わしたんでしょう? もう、連絡くらいしてくれればいいのに!」
どうやらサルフィスはリエティールのことをエクナドが連絡のために遣わした従者か何かだと思っているようで、リエティール本人には何も聞かずに一人でなにやら盛り上がっていた。
「え? その、あの……」
それをどう止めればいいのかと戸惑うリエティールを見て、エザルブはおかしさをこらえきれないというように笑った。
「フィス、少しは落ち着いたらどうだ?」
エザルブのその言葉で漸く我に返ったサルフィスは、リエティールが使者ではなくただ縁があって立ち寄っただけという話を聞いて、ショックを受けたように項垂れるのであった。




