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氷竜の娘  作者: 春風ハル
353/570

352.眼差し

 賑やかな通りをしばらく進んでいくと、やがて開けた空間につながった。眼前には巨大なオアシスが広がり、それを中心として広場が形成されていた。そして、その向こう側には巨大な城が鎮座しており、町を見下ろすように聳え立っていた。

 どうやらこの広場は城の敷地というわけではないようで、巡回して監視をしている兵なのであろう武装した数名以外には、一般の人々も大勢が行き来しており、水の畔で休憩したり水を汲んだりと、それぞれが思い思いに過ごしていた。

 リエティールはそんな人々の様子を眺めながら、オアシスの周りを沿ってぐるりと回るようにして向こう側へ向かって歩いた。

 オアシスの向こう側、つまり城の正面には一つの大きな石像が建てられていた。石像は二人の人物を模っており、一人は両手に剣を持ち、もう一人は剣と盾を手にしていた。二人は対峙して武器をぶつけあっているという、戦いの最中のワンシーンを切り取ったようなポーズをしていた。

 石造の足元にはリエティールの背丈よりもずっと高い台座があり、そこに説明書きが為されているのだが、リエティールが上からそこへ視線を下ろすと、どこかで見覚えのある後ろ姿の人物が立っているのが見えた。


「えーっと……?」


 それがどこで見た誰であったのか、リエティールは首を捻って考えつつ後姿を見つめた。その間もその人物はリエティールの視線に気が付く様子もなく、食い入るように石像を見上げ続けていた。


「そうだ! 武器屋ですれ違った人……」


 ポンと手を叩き、リエティールが思い出したことを思わず口にすると、その人物は漸くリエティールの存在に気が付いた様子で振り返った。ウェーブのかかった眩しい金髪のロングヘアを左右で小さく結び、若干釣り目気味の目は黒に近い深緑をしていた。

 そしてその人物はリエティールを数秒見た後、


「あなた……どこかで会った?」


と首を傾げた。どうやら向こう側もリエティールの雰囲気は憶えていたようだが、どこで会ったかまでは覚えていないようであった。


「あの、昨日武器屋ですれ違った人ですよね」


 リエティールがそう尋ねると、その人物は顎に手を当てて思案顔になった後、思い出したように、


「あー! あの入口に突っ立ってた二人組ね? 道理でなんとなく見覚えがある気がしたわ!」


と言った。


「それで? あたしになんか用?」


 腰に手を当てそう尋ねる彼女の態度は、強気な言い回しのせいかどこか傲慢さを感じさせる。武器屋の店主が苦労していたのも、この態度を見れば納得できるものがあった。


「えっと、特に……その、ここで何をしてたんですか?」


 リエティールは率直な疑問を口にした。先ほどまでの彼女の様子は、後姿だけでもわかる程に真剣そうであった。石像は確かに立派ではあるが、特に理由もない限りそう食い入るように見つめることもないであろう。少なくとも、美術に造詣の深くないリエティールからすれば、少し眺めて凄いなあ、くらいの感想で終わってしまうものであった。

 そんな彼女の問いに、その人物は口元ににやっとした笑みを浮かべてこう答えた。


「イメージトレーニングよ」


「いめーじ……とれーにん、ぐ?」


 想像していなかった返答に、リエティールは理解が追いつかない様子で不思議そうに首をかしげて繰り返した。

 疑問を浮かべているリエティールのことなどお構いなしと言うように、彼女は再び石像に目を向けるとその拳を固く握りしめて言った。


「今度こそ、今度こそあいつに一矢報いてやるのよ……! アセトゥー家の名誉のためにも、いつまでも負けっぱなしでいるわけにはいかないわ……!」


 力が入るあまりに、握り締めた拳はプルプルと震え、その目には熱さを感じるほどの闘志が燃やされている。

 なぜ石像を見ることがイメージトレーニングになるのか、リエティールにはさっぱりとわからなかったが、彼女のあまりにも熱い闘気に気圧され、このままそっと離れるのがいいだろうとゆっくり奥へ向かおうとする。

 だが、その途中で彼女は再び突然振り返り、リエティールは急なことで小さく飛び上がった。彼女はビシッとリエティールを指さすと、鋭い声色でこう言い放った。


「あんたもエルトネっぽいから一応言っとくけどね、大会で優勝するのはこのあたしだから! わかった!?」


 その迫力に圧倒され、リエティールは深く考える余裕もなくただ反射的に無言で頷いた。そんなリエティールの様子を見て優越感を感じたのか、その人物は得意げに笑うと、


「まあせいぜい、あたしの勇姿をじーっくりとその目に焼き付けるといいわ!」


と言い、また石像の方へと視線を戻し見つめ始めた。

 ほっとしつつ、リエティールが今度こそと普通に城の方へ向かって歩き始めようとする。しかし、そのタイミングで再び声がかかった。


「ちょっとあんた、城の方に行こうとしてるけど、何? もしかしてここの王族の関係者? そうは見えないけど」


 びくり、とリエティールは視線の方へ振り返る。再びリエティールに向けられていたその視線は、先程の闘志にも得た得意げなものではなく、どこか威圧的な、敵意さえも感じさせる鋭いものであった。


「え、あの、ち、違います! その、ちょっと他の国から、えっと、伝言を……頼まれてて……」


 何故自分に対して敵意が向けられているのか、全くわからないリエティールはとにかく否定しなければならないと、しどろもどろになりながら答えた。

 怪しいほど慌てて否定したリエティールの態度に、普通の人物であれば疑いの眼差しを向けそうなものであったが、その人物は途端に興味をなくしたように視線を元に戻し、


「そ、ならいいわ」


と言って、それ以降リエティールの方を見ることはなかった。

 一体何だったのだろうか、と思いつつも、何も問題が起きなかったことにリエティールは安堵に胸を撫で下ろし、気を取り直して城の方へ歩みを再開した。

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