349.思わぬ再会
勢いのままに宿泊施設を出たはいいものの、この町の地理を知らないリエティールはどこに何があるのか分からずすぐに立ち止まった。
そこから辺りの景色を見回すと、視界の先に一際大きな建物の姿を捉えた。それこそが紛いようもない中央闘技場そのものであった。
「あれが……」
今まで見てきたどの建物とは違う、戦いの為だけに作られたその施設を、少しの間圧倒されるように眺めてから、
「エイマさんもいないし、ちょっと行ってみようか」
「フル」
とロエトと言葉を交わし、リエティールは闘技場へと向かうことにした。
闘技場へと近づくと、彼女以外にも大勢のエルトネがそこへ向かっていることに気が付いた。その光景にリエティールは、闘技場が参加登録の受付になっているという話を思い出した。リエティール以外のエルトネ達はそのほぼ全てが参加登録をするために朝一番にここへ向かってきたのであろう。
「中は混みそうだし、邪魔になっちゃうから端っこの方に行こっか」
ロエトにそう声をかけて、リエティールは道を外れた場所に移動する。そこから再び道の方を振り返ると、大勢のエルトネが続々とやって来ては闘技場の中へと入っていく。気合が入っているのかしゃっきりと目を覚ましているものもいれば、疲れが抜けきっていない様子で欠伸をしているものもいる。
リエティールは暫くその人波を眺めていたが、そろそろ別の場所も見に行こうと目線を外そうとしたところで、
「あれ?」
と呟いて視線を外すのを一時停止した。不思議そうに何かを探すリエティールにロエトは、
『どうかしたのか?』
と声をかける。それに対してリエティールは「うーん」と小さく唸って首をかしげる。
「多分……見間違い、かな?
なんか、一瞬見覚えのある人が見えた気がしたんだけど……気のせいだと思う」
それでも気になるのか、視線をすぐには外さずに闘技場の入口の方を見ていたが、もう一度首を傾げた後に諦めてその場所から離れた。
闘技場のすぐそばには公園があった。植物が植えられており、ベンチなども設置されている。木陰があるおかげか周囲に比べるとほんの少しだけではあるが涼しく感じられ、数名の休んでいる人々の姿を確認できた。
この辺りに案内板でもないかとリエティールが中に踏み入ると、突然声がかけられた。
「なあ、お前もしかして……リーか?」
「え?」
思いがけずあだ名でそう呼びかけられ、リエティールは驚いてそちらを振り返った。そこにいたのは木陰のベンチに腰掛けている一人の青年であった。
驚きで思考が一瞬止まっていたリエティールも、その姿を見てすぐに記憶を辿る。そして一人の人物に行き当たり名前を言った。
「あなたは……アルさん?」
声をかけてきたのは、センクラからスドゥーへ向かうフコアックで護衛をしていたエルトネであるアルモックであった。
彼は完全にリラックスした状態でベンチに座っており、手招きをしてリエティールを隣に座るように誘う。
招かれるままにリエティールが隣に座ると、彼はニカッと笑って言った。
「奇遇だな! お前も武闘大会に参加するためにここに来たのか?」
「えっと、はい。 ということは、アルさんもそうなんですか?」
問いかけに答えつつ尋ね返すと、アルモックは大きく頷いて答えた。
「勿論だぜ! 師匠の後を継ぐには最低でも師匠と同じレベルにはならないと話にならないからな。 この大会でいい成績を残して、少しでも評価を上げて、更に上を目指す!
高みを目指すならこの大会に参加しない理由もないだろ?」
話しているうちに言葉に熱が入り、ずいと顔を近づけてきたアルモックに圧倒され、リエティールは思わず身を引きながらも苦笑して頷く。
アルモックはリエティールのすぐ近くに顔を寄せながら、その目線のすぐ横にいるロエトの存在に気が付いた。
「なあ、この肩の……なんだ?」
どう尋ねればいいのかと言葉に惑いながら、不思議そうにロエトを見つめて彼は尋ねた。
リエティールがロエトと出会ったのはアルモックと別れた後である。彼が不思議がるのも当然のことだろう。
「なんか……ティラフローっぽい、か?」
その言葉にリエティールは再び驚いた。そして、彼が以前スドゥーの森についてリエティールが尋ねた時、一度だけ見たことがあると話していたのを思い出したティラフローを直接見たことがあるのであれば、ロエトの見た目に既視感を覚えてもおかしくはない。
「この子はロエトで、スドゥーの森で出会った霊獣種なんです」
「フルル」
アルモックと適切な距離を取り直しつつ、ロエトを紹介する。ロエトもアルモックを警戒などはせず返事をする。
「森で? でもこんな鳥がいるなんて話は聞いたことないけどな。 俺が知らないうちにどっかから来たのか? いやでもそれなら噂になっててもいいよな?」
全く理解できないというように首を何度も捻るアルモックの様子がおかしく、リエティールは思わずクスクスと笑った。それを馬鹿にされていると感じたのか、アルモックは不満げに口を尖らせる。
「なんだよ! だってあれだろ? 霊獣種って無垢種とか魔操種とか、生き物の見た目を自分のものにするんだろ? でもティラフローみたいな鳥がいるなんて聞いたことねーんだから、知らなくても仕方ないだろ!」
馬鹿にしたつもりなどないリエティールは、ムキになった彼の様子に余計におかしさを感じ、それでも彼に失礼だと思って笑うのを止める。
「じゃあ、その……どういうことかっていうのは、あの辺りで。 ここでやると多分他の人がびっくりしちゃうので」
そう言い、リエティールは公園の隅の方にある草の茂みを指す。大きな木が一本生え、その根元の周りにはリエティールの胸ほどまでの高さの茂みがあり、人目をはばかるにはちょうどいい場所であろう。
アルモックは何が何だかわからない、と不満な顔を変えないまま、仕方なさそうに彼女の後をついて茂みの陰に移動した。




