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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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347.エイマの昔馴染み

「そうですね。 点検程度であれば時間もかからないでしょう」


 エイマは頷いてリエティールの申し出に同意した。ひっとしつつ、リエティールは丁度すぐ近くにあった武器屋に入る為扉を開いた。

 すると、店の奥から話し声が聞こえてきた。


「……こんなものよね。 今回は急ぎだし、これくらいで勘弁してあげる」


「は、はぁ……」


 何やら客らしい女性が店主を相手に話をしていた。その手には修繕を終えたのであろう一本の剣があった。曲線を描くその剣の腹を指先でなぞりながら話すその女性はどこか高飛車な雰囲気があり、店主もどう受け答えするべきか戸惑っているように見えた。


「こんなところの小さい店にしてはよく頑張った方だと思うわよ? ほら、受け取りなさい」


 そう言い、女性は硬貨が入っていると思われる袋をカウンターの上に置くと、剣を鞘にしまい、店主が袋の中身を数え終わるよりも先に、髪をさっと掻き上げて扉の方へと歩き出した。


「あ、ちょっと、お勘定がまだ……」


「いいわよ、どうせお釣りしか出ないんだから、とっときなさい」


 手をひらひらと振り、店主の言葉を途中で遮って女性は振り返ることなく歩いた。

 扉まで来て、そこでぼうっと中を見ていたリエティール達に気が付くと、軽く一瞥した後は特に気にも留めずそのまま外へと出て行った。

 リエティールとエイマは互いに目を合わせ、今のは何だったのだろうと同じ思いを抱きながらも、店の中へと入り店主のいるカウンターへと進んだ。


「あの……」


 リエティールが声をかけると、店主は袋の中身を数えていた手を止めて顔を上げた。


「ああ、あんた達も客かい。 いらっしゃい」


 愛想よい表情を浮かべてそう言う店主であったが、その顔には若干の疲労の色が浮かんでいた。


「えっと……大丈夫ですか?」


「ん? ……ああ、いや、平気だよ。 すまないね。 あんた達も今の客、見てたか?」


 苦笑をしてそう問いかける店主に、リエティール達が頷くと、店主は肩をすくめて愚痴をこぼす。


「なんだか上から目線な客でさ、まぁ……一応常識はあるんだが……如何せん話してて疲れる相手でな……。

 昨日の夕方にいきなりやって来ては、『手入れをするのを忘れてきたから明日の朝までにやってほしい』と言うなり、最後に『しっかり丁寧にやりなさい』なんて釘を刺して出て行ったもんで……。

 ……まあ、言うだけあって羽振りは悪くなかったからな……どっかのちょっといい家の出なのかもしれんな」


 言いながら店主はちらりと視線を袋に向けた。どうやら先ほどの女性の言葉に嘘はなく、相当いい値段が入っていたようだ。店主は疲れた顔をしながらも、どこか嬉しそうにしていた。


「おっと、他の客にこういう事話すのは良くなかったな。 今のはまあ聞き流しておいてくれ。

 で、あんた達は?」


「武器のメンテナンスをお願いします」


 店主の問いかけにエイマが答える。店主は「あいよ」と返事をすると、武器を出すよう二人に求めた。

 リエティールは槍を出し、エイマは二本の剣を出した。一本は先ほどの女性が持っていたものとはやや違うが、同じように湾曲した刃を持つ剣で、もう一本は持ち手を覆うようなガードが付いた短剣であった。

 店主がそれを受け取り点検箇所を見定めている間に、リエティールはエイマに話しかけた。


「エイマさんは二本の剣を使うんですか?」


「はい。 そうです。 それぞれ攻撃と防御の役割を持っています」


 武器が剣であることは知っていたが、二本使うとは知らなかったリエティールは、彼がどんな戦い方をするのか頭の中で想像を巡らせた。

 そうこうしているうちに準備が終わったようで、店主が顔を上げて二人に言った。


「坊主の方はよく手入れが行き届いてるみたいだな。 軽くコーテイングするくらいで十分だろ。

 嬢ちゃんの方も、そこまで痛んでる様子はないな。 少し刃を研いでやれば新品同様だろう。

 そう時間はかからない。 すぐに終わらせるからちょっと待っててくれ」


 そう言い、店主は二人の武器を持って店の奥にある工房へと入っていった。

 それを待つ間、リエティール達は店の中に並んだ売り物の武器を眺めていることにした。

 武器を眺めながら、ふとリエティールはエイマに尋ねた。


「エイマさん、エイマさんはどうしてエルトネになろうと思ったんですか?」


 先程、彼は暑さに弱く肌も弱いと言っていた。そんな体質なのであれば、わざわざエルトネという体を張った仕事を選ぶ理由もないだろう。

 そんなリエティールの問いかけに、エイマは一つ頷いてからこう答えた。


「このような体質ですから、初めはなるつもりはありませんでした。

 ですが、僕の昔馴染みがある時こう言ったのです。 『男たるもの、魔操種シガムを蹴散らせるほど強くなるべきだ』と。

 全く不思議な論理ではありますが、詰まる所、彼は僕と一緒にエルトネになりたかったそうです。

 僕にはまだ幼い妹もいます。 母も、僕と同じような体質で体が弱く、父は店をしていますが、その稼ぎだけではあまりいい暮らしはできなかったので、僕にも稼ぐ術があれば、と思い彼の誘いに乗ることにしたのです」


 リエティールは話を聞いて経緯を理解しながらも、首を傾げた。


「でも、今は一緒じゃないんですか?」


 純粋な疑問を口にすると、エイマは少し目を閉じた後こう言った。


「はい、彼は……ある依頼の途中に足に怪我を負い、戦える体ではなくなってしまいました」


 それを聞いて、リエティールは軽い気持ちで聞いてしまったことに申し訳なさを感じ、なんと返すべきか言葉に戸惑った。

 しかし、彼女が何かを言うより先にエイマは続けた。


「なので、僕は彼の分まで強くなり、代わりに夢をかなえようと思うのです」


「夢……?」


 リエティールが不思議そうに言うと、彼は頷いて言った。


「一生遊んで暮らせるほどの、大きな依頼を成し遂げる、と」


 そう言った彼は、表情こそ変わらないが柔らかく目を細め、笑っているように見えた。


「……世界で一番強くなる、とかじゃないんですね」


 想像していた答えとは異なっていたその内容に、リエティールは少しポカンとした後、思わずおかしくなって笑った。

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