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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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346.たわい無い話

 ドライグを出たリエティール達は、闘技場と宿泊施設のある中央を目指して町を歩き始めた。

 その歩き始めに、ふと疑問を覚えてリエティールはエイマに尋ねた。


「闘技場に向かうなら、最初からドライグに行かないでそっちに行けばよかったんじゃないですか?」


「それは……そうなのですが。 僕も最初はそうすべきかと考えていました」


 リエティールの言葉に同意しつつも、それは悪手だというようにエイマはゆっくりと頷いた。リエティールは理由が分からず首をかしげて彼の言葉の続きを待った。


「初めて訪れるので、念のためこの国についてよく調べておいたのですが、どうやら首都に入ったとはいえ、門から闘技場のある場所までは通常通り歩けば朝から日が暮れる程距離があるのです」


「……そんなに、ですか?」


 てっきり、同じ町の中にあるのだからかかっても一、二時間くらいではないかと考えていたリエティールは、その予想外の所要時間にぽかんと口を開けた。

 そんな彼女の反応に、エイマは静かに頷いて肯定した。


「砂漠地帯という事で土地は広大です。 他の国の主要都市のように狭い土地を有効活用して密集させるのではなく広々と使用するため、一つ一つの町も巨大なのです。 首都ともなれば特に、ですね」


 リエティールは呆然としながらも、エイマが闘技場に向かう選択肢を選ばなかった理由を理解した。朝から向かってなんとか日が暮れる前についたところで、体力のあるエルトネであっても大半は歩き通しでへとへとになっていることだろう。更に、同じように闘技場で登録しようとやってきたエルトネも集まり、混雑する可能性がある。

 そうなるくらいなら、前もって余裕のあるうちに登録を済ませておき、着いた時には休むだけで、翌日以降は準備に時間を費やせるほうがいいと、エイマはそう考えていたのだ。


「ご理解いただけましたか」


「はい……」


 エイマの問いかけにリエティールは頷く。それと同時に、これから日が暮れるまでひたすらに歩く道のりを思い、まだ朝だというのに心の内に疲労を感じるのであった。


 快晴の空から降りそそぐ日差しが、石造りの淡い色の建物を照り付け、そこに乾いた風がゆっくりと流れていく。


「リエティールさんは、暑くはないのでしょうか」


「え? ……あ、私は……これくらいなら平気です」


 いつの間にかエイマはフードのついたマントを羽織り、日差しを遮っていた。そんな彼に問いかけられ、リエティールは戸惑いながらも誤魔化して答えた。

 彼女が着ているのはいかにも寒冷地仕様、防寒用というような厚手の生地であるために、こうして日差しの強い環境下で着ているには傍から見ると如何せん不自然に思えた。

 今までは寒冷地帯であったり、冷涼な地域であったため、そうした問題はなかったのだが、これからは大陸の南部に行くにつれ気温は上がっていくだろう。そうするとコートを着ているのは目立つであろうし、好奇の目で見られることも増えると考えられた。

 それでも、リエティールはこのコートを滅多なことでは脱ぐつもりはなかった。育ての親である女性の形見でもあり、母と慕った氷竜エキ・ノガードからの贈り物でもある。それに、彼女が今身につけているものの中で最も強力な魔法がかかった品でもある。ワンピースにも彼女自身の手で魔法をかけたとはいえ、脱いだ方がむしろ暑さを感じるだろう。

 それ故、彼女は多少変だと思われてでも誤魔化すことを選んだ。

 リエティールのそんな返事に、エイマは小さく首をかしげていった。


「リエティールさんは、暑さにもお強いのですね。 同じ雪国出身の身としては、羨ましい限りです。

 僕は暑さにも強くありませんし、日差しに焼けるとすぐに肌が荒れてしまうので、こうして隠していないと痛めてしまうんです」


「そうなんですか?」


 どうやらエイマはリエティールの答えを特に怪しんだ様子もなく、それどころか羨ましいと感じたようで、リエティールはそのまま話題を逸らそうと彼の話に合わせる方向へと持って行った。

 曰く、黒い服の方が日差しを遮る効果が高い、曰く、黒い髪や目は光を直接受けてしまうため隠していた方がいい、などと、リエティールが尋ねると彼は様々なことを答えてくれた。

 リエティールは自らにエイマが疑問を感じることはなさそうだと、ほっと胸を撫で下ろしつつも、エイマの故郷や知らない知識などの話に、最終的にはそんな心配をしていたことも忘れて話に夢中になっていた。


「……僕ばかり話してしまいましたね。 申し訳ありません」


「あ、そんなことないです。 色々お話を聞かせてくれて、ありがとうございました」


 謝るエイマに、寧ろ感謝しているとリエティールは頭を小さく下げる。

 しかし、それをきっかけに話が途切れてしまい、そうなると妙な沈黙にリエティールは困惑してしまった。

 彼が話してくれたように、リエティールも自分のことを彼に話してみてもいいだろうか、と思うと同時に、スラムに捨てられた子供だったなどと言うことを話したところで、聞く側からしてみればあまり気分のいいことではないだろうとも思い、口籠ってしまう。


「……あ、あの! 武器屋に寄ってもいいですか? 念のため、武器の様子を見てもらおうかと……」


 話題を探して周囲を見回し、真っ先に目に入ってきたのが武器屋であった。リエティールの口から咄嗟に飛び出た言葉に、エイマも頷き、彼らは武器屋に立ち寄ることにした。

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