345.参加登録
東門のドライグに向かいながら、リエティールは先ほどの光景を思い出して言った。
「それにしても、すごい人でしたね。 大会の時っていつもあんな感じなんでしょうか?」
その疑問に、エイマは無表情ながら考えるそぶりを見せて、それから答えた。
「大きな大会ですから、普通の大会以上に今は人が集まっているのは事実です。 加えて僕が思うに、ドライグに向かう人達全てが大会に参加を望んでいるエルトネではないと思います。
大会が近づいても普段通りの利用者はいます。 例えば、依頼をしたい一般の方や、大会に参加せずいつも通りに依頼を受けたいエルトネ、素材の買取や解体作業、訓練をしたい方もいるでしょう。
今回のように大きな大会でない場合は分かりかねますが、人気のある大会であればあのようになるでしょう」
「そっか……じゃあ、大きな大会の参加受付中って、毎日こんな風になっちゃうんでしょうか? それだと町に住んでる人が大変そうです」
いくら人が大勢集まるということが分かっていても、大会が近づくたびにあのような混雑が続いていたら、住んでいる人々の生活に支障をきたすレベルだろう。交通の妨げになる以外に、通常の依頼の受注や完了報告もし辛くなるはずである。
それに対して、エイマは再び考えるとこう言った。
「恐らくそうではないと思います。 大会の参加受付までの日数が少ない為に、皆焦っているのではないでしょうか。 そうでもなければ、わざわざあれほど混んでいる場所に行かず、冷静になり、闘技場や僕達のように人が比較的少ないドライグに向かうでしょう。
余裕がなくなることで焦り、判断が鈍くなっている状態であれば仕方のないことだと思いますが」
その言葉にリエティールは確かに、と納得した。彼女自身も焦って冷静さを失ってしまうことはあった。焦った結果、物事は悪い方向へ向かってしまうということも凡そ理解はしている。
だからこそ、今こうして瞬時に冷静な判断ができるエイマと行動を共にできていることは彼女にとって運が良かったと言える。もし彼がいなければ、リエティールもまた他のエルトネ達と同じように一番近いドライグを目指していたことだろう。よく知らない街で他にどこにドライグがあるのかわからないとなればなおさらそうなるはずである。
「エイマさんが一緒にいてくれてよかったです」
「……?」
リエティールが呟くと、エイマは小さく首をかしげながら不思議そうに首を傾げた。相も変わらず表情に変化はないが、リエティールはその仕草が少しおかしく思え、小さく笑った。
「そういえば、エイマさんが昨日あの宿を選んだ理由って何ですか?」
ふと思い出してリエティールはそう尋ねる。昨日の宿は人混みから抜け出した少し先にあった。最終的に続々と人が増えていったが、入っていった時点ではまだ他に誰もいなかった。
「人混みから早く抜け出す為です。 人混みから抜けて、偶々目についた宿があの場所だった、というだけです」
当然、と言うようにエイマがきっぱりと答えると、リエティールは微笑んで「私もです」と答えた。
それと同時に、値段も見ずに宿をすぐに決められるなんて、という若干の畏敬の念が彼女の中に抱かれた。そんな視線に、エイマはまたも不思議そうにしながら、二人はドライグに到着した。
東門のドライグも混んではいたが、北門ほどではなかった。
中に入ると、通常の受付の横に大会参加用の受付が増設されており、人員もそちらに割かれているようであった。
二人は登録用の受付に向かい、それぞれ手続きを進める。証明書を提示し本人だと確認を取った後、名前や使用武器、穴の数といった基本情報が記入されていく。そして最後に、
「それでは、参加費用として銅貨を五枚いただきます」
「え? ……あ、はい」
突然そう言われ、リエティールは一瞬停止しながらもすぐに銅貨を取り出して受付に渡した。参加費用が掛かるなどという話は聞いていなかったため戸惑いながらも、これだけ大きな大会なら費用も必要だろうと自分を納得させた。
しかし、大会のことを話してくれた女性に少し文句を言いたい気持ちになった。恐らく、あの女性にとっては大会のいい所だけを伝えて参加意欲を煽り、乗り気になったところで自分の店に誘うという手段の一つであったのだろうが、リエティールからすれば騙されたような気持ちである。
とは言えど、いまさら何を言っても仕方のないことで、自分がちゃんと張り紙を確認しなかったのも悪いと、最終的に反省しつつ無事に手続きを終えた。
受付が終わると、参加完了証明書を渡されるとともに、参加者用の宿泊施設の場所も教えられた。どうやら参加者には専用に、闘技場近くに宿が準備されているらしい。泊まることに別途費用は掛からないが、場所の都合上かなり狭く寝泊まり程度しかできない上、利用希望者の数によっては入りきらないこともあるため、使いたいのであれば早めに予約するように、と説明された。
狭くてもタダで寝られるなら、とリエティールが予約しようか考えていると、ほぼ同時に受付を終えたエイマが戻ってきて声をかけた。
「リエティールさんも受付が完了したのですね。 今後の宿はどうする予定ですか」
「あ、えーと……専用の宿に泊まろうかなって」
首都の中央近くになれば昨日の宿より値段は上がるだろうと思うと、多少不便でもタダで寝られる方がいいだろうと考え、リエティールはそう結論付けた。ロエトも鳥の状態でなら殆ど場所も必要ない。
リエティールが答えると、エイマは頷き、
「では、同じですね。 折角なので、ここで予約を済ませて一緒に行きませんか」
と尋ねた。それに対してリエティールも頷き、
「それなら……じゃあ、ぜひ」
と答え、二人はその場で宿泊の予約を済ませると、共にドライグを出て闘技場のある中央へと向かい始めた。




