340.魅力的な誘惑
その張り紙によれば、開催地は帝国の首都エルグルトスで、現在はエントリー受付期間であり、締め切りは六日後であった。それを読んで、リエティールは休憩所でエルトネのグループが話していたことがこの大会のことであることや、この町にエルトネが多く滞在している理由などを理解した。この国で一番大きな大会となれば、参加希望者が各地から集まるのも不思議なことではないだろう。
「嬢ちゃん、あんたもその大会に参加するのかい?」
後ろから声をかけられ、リエティールは振り返った。そこにいたのは日焼けた肌が眩しい女性であった。
「えっと、大会のことは知らなくて……今知ったんです」
リエティールがそう答えると、女性は意外だというように目を丸くして驚いた。
「知らなかったのかい? エルトネの間じゃかなり有名な大会なんだけどねぇ。
まあ、エルトネならあんたも参加してみたらどうだい? ここから直通のフコアックに乗ってけば二日もかからないし、まだ間に合うよ?」
女性の提案にリエティールは小さく唸って悩んだ。まだ大きな武闘大会であるという事程度しかわかっていないため、すぐにどうするとは答えられなかったのだ。
そのため、もう一度よく読もうと張り紙に目を向けようとしたところで、女性はリエティールの心中を察してか大会の説明を始めた。
「大会の初戦は小グループでの乱闘さ。 何しろ参加制限無しで人数が多いからね。 怪我のリスクを減らすためにその時は大会側で用意された武器しか使えない。 ある程度種類はあるから安心しな。
それで、その勝ち残りが次に進むんだ。 そこからは自分の武器を使って一対一のトーナメント制だ。 後はどこまで残れるか、ってやつだよ」
そして、と女性は指を立てて強調し、続けた。
「一番気になる賞金! 優勝者にはなんと一億ウォド! 白金貨五百枚だよ! 更に、いい成績を残せばドライグでの評価点も加算されるのさ」
賞金のことを話す際の女性の目は正しく白金貨を映したかのように輝いていた。その後に続いた評価点については女性の語気は普通になっていたことから、とにかく女性にとっては賞金が魅力的なのだろう。
貨幣価値がいまいちわかっていないリエティールからしても、その数字の大きさに対して、かなりの金額なのだろうということは分かった。
しかし、リエティールが興味を引かれたのは賞金の方ではなく大会内容の方であった。
まず、乱闘という形式はリエティールには経験のないものであった。大量の魔操種を相手にしたことはあるが、大会では人間である。それも全てが自分に一直線に向かってくるわけではなく、各々がその場の相手と戦う。集中力の向け方も違うだろう。
この先どのような戦いが待ち受けているかわからない以上、様々な戦闘の経験をしておくことは悪いことではないだろう。万が一そこで敗退したとして、経験は確かに残る。
勝ち残った場合は一対一で、自分の実力を試すにはもってこいの場だろう。
いずれにせよ、リエティールにとっては自分の成長のためにまたとない機会であった。
「参加、してみようかな……」
リエティールの小さな呟きを聞き逃すことなく、女性はそれを聞いてニカッと笑う。そしてリエティールの肩に手を置くと、もう片方の手で近くの店を指さした。
「そうかいそうかい! そりゃいい!
じゃ、戦いに備えてうちでしっかり食べていくってのはどうだい? スタミナつくよ!」
そう言われ、リエティールはそこで初めて、女性がその店、飲食店の店員であるという事を理解した。中からは活気あふれる音や声が聞こえ、肉が豪快に焼ける匂いが漂ってきていた。その様相からエルトネ向けの店であることは明白であった。
まんまとしてやられた、と思いつつもその匂いは魅力的であり、リエティールは苦笑しながらも、
「じゃあ……」
と頷いた。女性は満足げに笑うと、リエティールを店の中へと導いていった。
店の中に入り空いていた席に案内され、リエティールは女性におすすめされたメニューを注文した。待っている間に周囲を見回せば、あちこちでエルトネらしき人々が美味しそうに料理をほおばっている。
町についたのが夕刻前であったというのもあり、程よく空腹を刺激されたリエティールが滲む唾を飲み込みながら待っていると、いよいよ料理が運ばれてきた。
一つの皿にはこんがりと焼かれタレの匂いが食欲をそそるネクチョクの骨付き肉が乗せられ、もう一つの皿にはパンの間にスパイシーなタレで炒められたエルタックの薄切り肉と野菜を挟んだ料理が乗っている。
リエティールは早速肉にかぶりつく。少し焦げ目のあるタレの香ばしさと肉厚な食感は、食べ応えが抜群であった。パンの方も甘辛いタレの具材は食欲を促進し、硬めのパンも満足感を与えるのに一役買っている。
途中、リエティールはロエトがじっと料理を見つめていることに気が付いた。食事をせずとも平気な霊獣種とは言え目の前で美味しそうに食べる姿を見て魅力を感じないことはなかった。
「ごめん、ロエトも食べたいよね」
『! いや、私は……』
遠慮を口にするロエトに、言いきらせないうちにリエティールはパンを小さくちぎって差し出した。今のロエトは町の中にいるため鳥の姿を取っており、あまり大きなものは食べにくい。
リエティールの気遣いに、ロエトは遠慮がちながらもそれを食べた。表情が出にくい姿ではあるがどこか嬉しそうなロエトに、リエティールもにこりと微笑んだ。
その後、二人は心行くまで食事を楽しんだ後、宿へと向かうのであった。




