335.光の施し
その直後、霊獣種も囲んでいた人々も、皆何が起きたのかわからずに口を開けて宙を見つめていた。
「今のは……」
先に言葉を発したのは霊獣種ではなく一人の人間であった。それを皮切りに皆正気に戻ったように、その視線を真ん中で佇む霊獣種に向けた。
霊獣種は自分が思うままにとった行動が一体何を起こしたのか理解できず、突然集まった視線に戸惑いを隠せずにいた。
「今の光は、きっと魂だったんだわ」
誰かがそう口にすると、他の人々も釣られて同意するように首を縦に振ったり「そう思う」と口々にそう言い始めた。
「この子が助けてくれたんだ!」
人々の中では一番若そうな男児が霊獣種を指さし嬉しそうに言った。すると他の人々も皆霊獣種に近づいて頭を下げ、拝みだした。
何が起きているのか理解できない霊獣種であったが、自分に向けられている感情に言いようのない心地よさを感じていることに気が付いた。
それはまるで豊富に溢れ出した光の魔力のように、心地よい日差しの下でゆっくりと目を閉じて一時の眠りを楽しむ時のように、暖かく満ち足りたものであった。
それからというもの、霊獣種は人々の暮らしの中にすっかりなじみ、人の深い悲しみを感じ取ればすぐにそこへ行って魂を弔った。
いつの日にか人々は霊獣種を敬い、賢者を意味する「オクネ」と呼ぶようになった。
***
『それがもう数百か、数千も前の時のこと。 あまりにも昔のことで、もう確かな年月を思い出すことはできませんが……。
それから数年すると、人々は私に強い信仰心を抱くようになり、祈りの言葉が生まれました。
人々に感謝されるたびに、私は幸福を感じました。 人々の幸福が私の幸福であると理解してから、私はこの国の人々に尽くそうと思ったのです。
初めは国中を飛び回るのに酷く苦労しましたが、長い年月を経て力が付いたゆえに、今では常に国中を見守ることができるようになりました』
オクネの話を聞き、リエティールは驚いてこう尋ねた。
『じゃあ、あなたは一人なの? 他に同じことをしている霊獣種はいないの?』
その問いにオクネは頷いて肯定した。
いくら小さな国と言えども、魔力に変えた自身の存在を希薄にしてそこまで広い地域に分散させるなど、並の霊獣種にできる芸当ではないことは、霊獣種ではないリエティールでもわかることであり、ロエトは驚きのあまりに絶句するほどであった。
そんな二人の反応に小さく笑ってから、オクネは微笑んでリエティールにこう言った。
『私の愛する国の民である少女をお救いいただき、心から感謝しております。
ただ、魂の行方に関しては残念でなりませんが、あのようなこと、人々に伝えれば間違いなく混乱に繋がることでしょう。 それも、一時だけではなく長く続く恐怖です』
どうやら、少女が魔操種になり果ててしまったことをオクネは感じ取っていたようであった。オクネもリエティールと同じように、人間が魔操種になったという事実を人々に伝えるべきかどうか悩んだのだろう。そして、リエティールの考えを尊重し、黙っていることに決めた様子であった。
「……伝えるべきだって、思った?」
リエティールの中には未だ少しの後悔があった。今までなかったこととは言え、今後二度と同じことが起こらないとは限らない。ならば伝えて、危険性を周知させるべきだったのではないかと、そう考えもしたからである。
そんな迷いを感じ取ったのか、オクネは慈愛に満ちた顔で答える。
『悩ましく、心苦しいことです。 知れば対策を取るべきだと人々は思うでしょう。 しかし反面、知ればそれを悪用しようと考える者が出る危険もあります。
著しく低い可能性で人々に恐怖を与えるのであれば、秘めておく方が幸福なのかもしれません』
オクネもまた、心の中では迷っているのであったが、リエティールの判断を肯定した。間違いでも正解でもないのであれば、前向きでいた方がいいと、そう思っているのだろう。
リエティールも肯定を受けたことで気持ちが安らいだのか、その顔に安堵を浮かべていた。
『少し話が逸れましたが、私はあなたの役に立ちたいと思いやってきたのです。
この国から離れることはできませんが、私にできることがあれば何なりとおっしゃってください』
オクネにそう言われ、リエティールは悩む。オクネは貴重な光の魔力を存分に扱える存在である。そんな存在が力を貸してくれるというのであれば、この機を逃す理由はない。
可能であるならば、ドロクに行って育ての親である女性をはじめ、非業の死を遂げた人々の魂を弔ってほしいと頼みたいところであったが、この国から離れないという条件がある。
暫し何があるかと考えた後、リエティールは一つ思い出してそれを取り出して見せた。
「これを魔力でいっぱいにしてほしいの」
それはいつかに買った光の魔道具「防呪の札」であった。ロエトに少しずつ光の魔力を入れてもらってはいたが、まだまともに使える状態にはなっていない。一体どれ程の光の魔力を使う想定なのかわからない状態であったが、オクネであれば可能だろうと考えたのだ。
魔道具を見せられたオクネはそれをじっくり見てから、
『わかりました』
と頷き、光の魔力を魔道具に向けて送り込んだ。




