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氷竜の娘  作者: 春風ハル
335/570

334.導きの光

 ウチカの土地を囲む山々の内の一つ。その中を流れる小川の辺でこと切れている無垢種ラミナがいた。

 本来であれば穏やかなその小川は、少し前に降った局所的な雨のために上流が増水していた。そうとは知らない無垢種は、喉の渇きに耐えかねて一人で水を飲もうと小川に近づき、そのまま急な増水に呑まれてしまったのであった。

 不幸にも命を落とした無垢種の毛は、萎れて生気を失いながらも、差し込んだ日の光を受けてキラキラと輝いていた。

 長い間そのまま放置された亡骸に、その輝きに誘われてどこからともなくエニスの魔力が集まってきた。

 最初は塵ほどの量であった魔力は、じっくりと時間をかけたことで大きく育ち、やがて精霊種ティリプスとして生命が宿った。

 生命となった精霊種は、自らの興味の赴くままに無垢種の亡骸を自身に取り込んだ。そうしてあっという間に、精霊種は霊獣種ロノとして進化を遂げた。

 霊獣種として知能を得たものの、流石に生まれたばかりで他に頼れる存在もいない状態では、魔力を持った無垢種のようなものであり、暫く自らの体を調べまわした後、小川に沿って山を下っていくことにした。


 道中、小さな無垢種を追いかけて遊んだり、魔操種シガムの気配をどことなく感じて怯えたりしながらも、霊獣種は順調に山を下っていった。

 それから更に歩いていると、ふと霊獣種の耳にそれまで聞いたことのない、耳慣れない音が聞こえてきた。固いものを木に打ち付けるようなその音に惹かれ、霊獣種は小走りでその音のする方向へと向かった。

 霊獣種が草むらからそれを覗くと、そこには無垢種でも魔操種でもない生き物、すなわち人間ナムフがいた。人間は木こりであり、斧で木を切り倒しているところであった。

 霊獣種はその光景に釘付けになり、草むらから動かずにじっとそれを見つめていた。やがて木が切れると、バキバキと言う大きな音に思わず耳を伏せつつも、木に比べれば小さな人間が切り倒すその姿に好奇心を刺激され、ますます夢中になっていた。

 人間が切り倒した丸太を山の麓にある作業場へ運ぶのを後ろからそっと追いかけ、そこで木材を加工する様子を見届け、そうして何時間後かに日が暮れ始め、帰っていく人間の後についていった。


「やあ、お疲れ様……と、その無垢種はどうしたんだい?」


 門番がそう語りかけたことで、木こりは漸く自らの後ろをずっとついてきていた霊獣種の存在に気が付いた。

 目を向けられた霊獣種は驚き、何かされるのかと小さく怯えたが、木こりの男が目線を低くし話しかけてきたことで安堵した。


「野生か、山からついてきたのか? ほら、山にお帰り」


 霊獣種が霊獣種だとわからない二人は、山へ帰るように後ろを指さして促す。しかし生まれたばかりの霊獣種には山に棲み処はなく仲間もいない。そして、山の中を駆け回るよりも、人間にすっかり心を奪われていた霊獣種は、更々戻る気はなかった。

 山に戻る気配のない無垢種に二人の人間は顔を見合わせ、仕方ないと諦めた。その日、霊獣種は守衛室で眠ることになった。新しい物ばかりに囲まれ興奮していた霊獣種であったが、疲れには勝てずいつの間にかぐっすりと眠りについていた。


 翌朝目が覚めた霊獣種はすぐに建物を飛び出して町の中を歩き回った。

 キラキラと輝く毛並みを纏って飛び回るように走るその姿はたちまち人々の目に留まり、その愛らしい姿に皆が虜になった。

 活気にあふれ明るく楽しい雰囲気に包まれた町の中を巡る霊獣種は、ふと一つの建物を気に留めた。

 その建物は一見何の変哲もない民家で、しかし活気はなく、その中からはどこか暗い雰囲気が漂っているのを感じた。

 気になった霊獣種は、空いていた窓を見つけてそこから中の様子を窺った。すると一つの広い部屋の中で、少数の人が集まって何かを囲み涙を流しているのを見つけた。

 何をそんなに悲しんでいるのかと霊獣種が更に近づいてみると、人々の中心には一人の人間が目を閉じて横たわっていた。


「何……?」


 と、一人の人間が侵入してきた霊獣種に気が付いて声を上げた。それにつられて他の人々も顔を向ける。霊獣種の存在に驚きを含みつつも、その顔はどれも暗く悲しみに満ちていた。

 見つかったならこれ以上こそこそする必要はないと、霊獣種は囲まれている人間に近づいた。よく見れば肌は青白く、触れてみれば水のように冷たい。呼吸も鼓動もなく、霊獣種はそれが死んでいるのだと理解した。

 霊獣種は取り囲む人々の顔を見上げた。突然現れた霊獣種に対して戸惑いの色を浮かべてはいるが、やはり拭いきれない悲しみに覆われている。


(くるしそう)


 霊獣種は無意識にそう考えた。あまりにも暗いその雰囲気の中心にいては、自身まで押しつぶされてしまいそうな息苦しさを感じていた。

 見上げていた顔を下げ、再び横たわった人間へ目を向ける。じっと見つめると、その体の中心に何か不思議なものがあるのを感じ取った。形容することはできず不確かな、風に揺らめく灯火のようなそれを、霊獣種は確かに感じ取った。それは硬く冷たくなった体の中で窮屈そうにしているように思われた。


(かわいそう)


 霊獣種はそれを助けられないかと、自身の魔力をそれに向けた。

 相手が物質ではない以上、手で直接救い上げるようなことはできない。ならばわからないなりに魔力であれば触れることができるのではないかと考えたのだ。

 すると、霊獣種の前に光が現れる。それは帯のように閃きながら横たわった人間の中へと溶けるように入り込んでいく。

 霊獣種はそれを操り、灯火のようなものを包み込んで引き上げた。

 体の中から出たそれは、しかしなおも窮屈そうであった。鉛の弾のように重く、放せばまた体の中に落ちてしまいそうであった。

 それでは駄目だと悟った霊獣種は、そのまま光で包み込み幾重にも巻き込んだ。すると光はどんどんと強さを増し、中に包まれた重い灯火は徐々に光と馴染んでいく。


「……クウゥゥ!」


 重さを感じなくなったところで、霊獣種はそれを自らの頭上に放った。光の弾となったそれはふわりと浮かび上がり、直後、解き放たれるように四方へと煌めき散っていった。

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