333.オクネ
そこで出会ったのは以前リエティールに声をかけてきた、向かいの家に住む女性であった。その人は二人の姿を見ると安心したように表情を明るくして話しかけてきた。
「お二人とも、やっぱりここにいらしてたんですね! ということは……ササちゃんのお墓を作られたんですか?」
その問いかけにササの母親は「ええ、そうです」と答えつつも、なぜ話していないのに分かったのかと疑問を顔に浮かべる。その表情を見て何が言いたいのか理解した様子で、隣人の女性はここへ来た理由を話した。
「昨日の夕方に買い物に出かけた時、町で例の魔操種が倒されたって噂になっていたんです。 それで、もしかしたらササちゃんの遺品も見つかったんじゃないかっていう噂も出てたんです。
それを聞いて、もしそうならすぐにでもお墓を作りに行くんじゃないかと思って。 家を訪ねたらお留守だったので、まさか本当に、と考えてここに来たんです」
ドライグに向かう過程でちょっとした騒ぎになったという事もあるが、それでもここまで噂の伝搬が早いとは、とリエティールは驚いた。同時に、魔操種とササという二つの話題がすぐに結びつき、ここまで的確な推測がされるということにも、両親共々驚いていた。
「娘のために……ありがとうございます」
二人は有難そうにに深々と礼をする。それに対して隣人の女性は小さく首を横に振ってこう言った。
「畏まらないでください。 当然のことですよ。
きっと私だけじゃなくて、その内たくさんの人がササちゃんのためにお祈りをしに来ると思いますよ。 皆心配してましたから」
そして最後ににっこりと笑顔を浮かべ、「町の皆が家族みたいなものですからね」と付け加えた。そして次にリエティールの方へと向くと、
「貴方もありがとう。 まさか本当に何とかしちゃうなんて思ってなかったわ」
と言ってお辞儀をした。リエティールは遠慮しつつも、
「たくさんの人に喜んでもらえたなら、嬉しいです」
と微笑んで答えた。
その後、一度ササの両親の家へと戻り、用事が早く済み時間もまだ余裕があったため、リエティールはそのまま次の目的地へ向けて出発することにした。
そのことを伝えると、ササの両親は「少し待っていて」と言い、しばらくした後に一つの包みをリエティールに手渡した。
包みの中には具材をエモクで包み握ったリギノという軽食が入っており、「お腹が空いたら食べて」と言われたリエティールは、ありがたく受け取ることにした。
「こんなことしかできないけれど、貴方には本当に、感謝してもしきれないの。 どうか気を付けて」
そうして二人に見送られ、リエティールは南へ向かってウチカを後にした。
次の目的地は、山岳地帯を抜けた先に広がる、砂漠地帯に広がる国々、その中心にあるオアシスに栄えるトレセド帝国である。
そこに至ると今までとは気候がガラリと変わり、暑さを感じる険しい環境になっていく。そう考えながらリエティールが気を引き締めて街道を歩いていると、ふと視界の端で何か眩しい光を感じた。
そちらへ向くと、そこには不自然なほど眩しい木漏れ日が差す茂みがあった。近づいてみると木漏れ日は奥へと導くように続いている。
それを確認すると同時に、ロエトが言った。
『これは……間違いない、先程の光の霊獣種の魔力だ』
そう言われ、リエティールも感覚を研ぎ澄ます。すると、ロエトの言った通り、光が強くなっているところだけ魔力が集中しており、魔法が行使されていることが分かった。
そういうことなら、とリエティールは光の示す道をたどって茂みの奥へと向かう。少し進み街道から見えなくなる程度まで来ると、小さく開けた場所に出た。
そしてすぐさま目の前に魔力が集い、光の霊獣種オクネがそこへ姿を現した。
オクネはリエティールの正面に立ち、まっすぐ目を合わせた。リエティールは何をすべきかハッとして、「話していいよ」と言った。するとオクネは優雅にお辞儀をしてから念話を使った。
『ここまでおいでくださり有難う御座います。 改めまして、私は霊獣種のオクネと言います。
素晴らしき力をお持ちである貴方様に今一度お目通り願いたく、こうして人目につかない場所を選ばせていただきました』
その一挙手一投足に気品が溢れ、リエティールは思わず気後れしてしまいそうになる。しかしオクネからすればリエティールの方が遥かに高位の存在である。発言内容から、リエティールが何者であるかははっきりとわかっているわけではなさそうであるが、その態度から凡その推測はついているのではないかという事が窺える。
敬語を使いそうになるところを何とか堪え、リエティールはオクネに尋ねた。
「あなたは、さっきの霊社のアナビタさんと契約しているの?」
霊社にいてアナビタの呼びかけに応え力を行使していたことから、そう考えるのが自然だろうと思いつつ尋ねたリエティールであったが、意外なことにオクネは首を横に振った。
ではアナビタより上の立場にいる人がいて、そっちなのだろうか、というリエティールの新たな考えも、口にするより前に更に意外な言葉で否定された。
『私は如何なる人間とも契約していません』
「え?」
あまりにも予想外であったため、リエティールは驚きの声を上げる。その反応を見て、オクネはクスリと小さく笑った。
『言い方を変えるのであれば……私はウチカという国と契約をしているのでしょう』
「国と?」
首をかしげるリエティールにオクネは頷き、自身について話し始めた。




