332.安らかな祈り
ただでさえ数少ない存在である霊獣種、しかもその中でも特に希少な光の魔力を持ち、なおかつロエトを凌駕する力を持っている存在。
リエティールがちらりと視線を向けると、女性も男性も手を合わせ、ありがたそうにその黄金の霊獣種を拝んでいた。
「オクネ様」
アナビタが霊獣種に向かってそう呼びかける。どうやらこの霊獣種は「オクネ」という名前があるようであった。呼びかけられたオクネは、リエティールの方から視線を外してアナビタへと顔を向ける。
アナビタは台に置かれたササの遺品を示すと、両掌を合わせて顔の前に掲げて跪いた。
「この者は志半ばに倒れ、憐れにもその身を失われました。 遺された物はこの遺品のみになります。 どうか、ここに遺る僅かな御霊を、せめてもの安らぎへと誘いくださいませ」
そう祈りの言葉を告げられ、オクネは遺品へと目を向ける。そして、どこか困ったように目を細めて首を小さく傾げた。
本来であれば、こうした状況でも困惑することはなかったのだろう。人間の魂は肉体に宿るが、同時に生前大切にしていたものにも僅かに遺るとされている。そのため、供養の際にはそうしたものも一緒に供えたり埋葬するのが一般的である。リエティールが育ての親である女性を埋葬した方法も、そうした理由があってのものであった。
しかし、ササは死亡時点で既に人間ではなくなっていた。魔操種をはじめ命玉を残す生き物は、その全てが命玉に宿る。どれ程大切にしたものがあったとしても、魂は一片の欠片も残さず命玉の中へと封じられる。
それ故に、今目の前に捧げられている遺品から魂を感じられず、オクネは困惑していた。
事実を知っているのはリエティールとロエトのみ。知らないササの両親もアナビタも、オクネの力を信じて固く両手を合わせて祈っている。リエティール達も、そんな期待を裏切らないでほしいと、オクネに対して強い視線を送っていた。
僅かな間の後、オクネはゆっくりと瞬きをした。
「……クゥ」
短いその鳴き声は了承を表すものであったのか、オクネから光の魔力が溢れ出した。
魔力は視覚できる光となり、美しく輝きながら羽衣のように広がり、ササの遺品を優しく包み込んだ。光の羽衣はくるくると巻き付き、やがて一つの光球へと変わり浮かび上がった。
その中に魂はない。しかし、そんなことを微塵も考えさせない程、オクネはそれを優しく丁寧に掲げた。
光はオクネの頭上高くに登り、やがて一瞬の収縮の後、
「クウゥゥゥゥゥル!」
という遠吠えと共に、眩い輝きを放ってキラキラと破裂して霧散した。その煌めきは言いようもなくまた美しく、静かな空間に誰ともない感嘆の声が響いた。
「有難う御座います、オクネ様。 これで魂は救われ、自然に還り安らぎを得ることでしょう」
跪いた姿勢のまま深々と頭を下げ、アナビタはオクネに感謝の言葉を述べる。女性と男性も頭を下げ、言葉にならない感謝を表していた。
「クゥルル」
仕方がなかったとはいえ、振りをしただけに過ぎないオクネはどこか複雑そうにしていたが、ここでその気持ちを表してしまえば不安にさせるだけだとわかっているのか、柔らかな笑みを浮かべて小さく頷くと、その場に黄金の毛を一本残し、霧のように再び姿を消した。
アナビタは顔を上げると、その毛を丁寧に拾い上げ、リエティール達の方へと向き直った。
「これにて魂の供養が完了いたしました。 次は墓所へ行きます」
そう言われ、リエティール達はアナビタの後に続いて儀式の場を後にし墓所へと向かった。
墓所には既に墓碑がたてられていた。小さく質素ではあるが、新しく綺麗な墓碑であった。その墓碑の下に作られた空間に、アナビタは先ほどの毛を入れた木の箱を入れる。こうして漸く墓が完成するのである。
準備が終わると、次にアナビタはそれぞれに一つずつ、リエティールにはロエトの分も含め二つ、小さなものを配った。それは指先のような、細長い円錐状の小さな物体であった。
「これは……?」
何かわからず首をかしげるリエティールに、隣にいた女性が答える。
「これに火をつけてお供えするのよ。 そうすると香りが出て、亡くなった人に安らぎを与えるとされているの。
そうそう、置いたら手を合わせてお辞儀をしてお祈りするのよ。 『エルメニナ カラルサ』、わかった?」
「え、えっと、えるめに……かるさ?」
急に教えられ戸惑うリエティールに、女性はしっかりと言えるまで数回繰り返した。あまり長くないというのもあり、幸いすぐに覚えることができた。
「ここでも、お祈りの言葉は今の言葉じゃないんですね」
リエティールは四竜教で祈りの言葉を教えられた時のことを思い出す。あの時は長い文言がなかなか覚えられず、苦労した少し苦い思い出があった。
「この国は元々周りと離れた国だったから、独自の言葉があったの。 他の国と交流を持つようになって少しずつ今の言葉に変わっていったのだけど、祈りの言葉だけは昔からずっと変わっていないそうよ」
疲れた表情を浮かべるリエティールに、女性は微笑みかけながらそう言った。
そんなやり取りの後、無事にササへの祈りも終わり、今日の用事は終わりになった。霊社を後にしようと歩いていると、丁度門のところで見覚えのある人物と鉢合わせた。




