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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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330.万霊教

 食事を終えた後、リエティールとロエトはオルを借りて体を洗った。クシルブの宿で入ったオルとよく似た造りで、湯船は小さかったが、ゆっくりと体を休め今日あったことについて考えをまとめるのには十分な空間であった。

 オルから上がったリエティール達に、女性はヤトという、ウチカでは一般的に飲まれているという飲み物を出してくれた。よく冷えたそれは火照った体を心地よく冷やし、落ち着くのには最適であった。

 そうこうしているうちに寝床の用意が終わったと声がかけられ、その日はそのまま眠りについた。


 翌朝、リエティールが目を覚ますと、女性たちは既に起きていたようで、食卓の方から鼻腔をくすぐる温かい香りが漂ってきていた。

 釣られるようにリエティールは立ち上がり、その匂いのする方へとまっすぐに向かう。


「起きたのね、おはよう」


 リエティールが顔を出すと、すぐにそれに気が付いた女性が微笑んで声をかける。

 食卓を見ると、炊き立てのエモクの隣に、よく焼けたフシフが並んでいるのが目に入り、リエティールは首を傾げた。


「あれ? その魚は……」


 昨夜出てきた魚は保存ができるように燻された小さな魚であった。しかし今並んでいるのは燻されたものでも干されたものでもなく、生の魚を焼いたもののように見えた。

 いつのまにそんなものを用意したのだろうかと疑問を浮かべるリエティールに、


「フルル!」


とロエトの鳴き声が届いた。リエティールは驚いてそちらに顔を向ける。起きた時には傍にいなかったため既に起きているのだろうということは分かっていたが、どこで何をしているかまではわかっていなかった。


「君の霊獣種ロノが買い物を手伝ってくれたんだ。 おかげで重い荷物を持たずに済んだから、早く帰ってくることができたんだよ」


 ロエトの隣にいた男性がそう言った。ロエトはリエティールの元へ近づくと、どこか得意げに胸を張り尾を揺らしていた。

 そんなロエトの頭を撫でつつ、リエティールは困ったように眉根を下げて、


「起こしてくれたら私も手伝えたのに……」


と呟いた。すると女性がこう言った。


「その子は貴方を起こそうとしたけど、私たちが止めたのよ。 ゆっくり休んでほしかったから。

 さあ、久しぶりに腕を振るったの、冷めないうちに是非食べて」


 促されるままに席に着き、リエティールは女性たちに礼を言ってから食べ始めた。魚だけでなく新鮮な野菜も使った料理は、昨夜のものとはまた違って美味しく、リエティールはあっという間に用意された分を平らげてしまった。


 食事を終えると、いよいよ本題に入る。女性たちは身だしなみを整えササの遺品である簪を持つ。リエティールもまた準備を終え、二人について家を後にした。

 しばらく歩くと、大きな建物のある広い敷地へと入る。派手ではなく落ち着いているが、決して質素ではなく厳かな雰囲気のその建物を、リエティールは興味深そうに見回していた。


「あら、あなた方は……ササさんの」


 歩いていると、ここに勤めているのであろう人物が声をかけてきた。どうやら見知っているようで、声をかけられた二人も会釈をして答える。その人物は二人の後ろにいるリエティール達にも気が付くと、丁寧すぎるほどに深々とお辞儀をした。


「こんにちは。 今日は娘の供養をお願いしたくて……」


「ああ……わかりました。 そういうことでしたら、まずこちらで手続きを……」


 噂の魔操種シガムが倒されたという事が既にここまで広まっているのか、その人物は女性の言いたいことをすぐに理解しテキパキと話を進めていった。

 少し時間がかかるから、と告げられ、リエティール達はそこで二人と別れ、敷地内を見て回ることにした。

 ここが死者の弔いをする場所であるならば、つまるところ教会と同じ役目を果たすのだろうということは理解したが、以前教会で見たような、古種トネイクナのモチーフのようなものは見当たらなかった。その代わりに、無垢種ラミナか霊獣種かはわからないが、そうした生き物を模った置物が所々に見受けられた。

 どうやらここで信仰されているのは四竜教トネイキアではないようだ、と理解したリエティールは、ではなんなのかと辺りを見回して探る。すると一つの看板を見つけた。

 その看板には、四竜教での祈りの言葉に相当するのであろうか、短い文章と共に「万霊教ティリプシア」という名前が書かれていた。

 その名前から考えるに、精霊種ティリプスと関係があるのであろうことは分かったが、由来のようなものはそこに書かれていなかったため詳細は不明なままであった。


「ロエトは何かわかる?」


『いや……流石にわからないな』


 元々精霊種であった霊獣種のロエトなら何か心当たりはあるのではないかと念のために尋ねてみたが、案の定ロエトは全く知らないと首を横に振ってそう答えた。


「後で聞いてみよう」


 考えてもわからないと判断し、女性たちの手続きが済むまでの間、リエティールは景色を楽しみつつ散歩を続けた。

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