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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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32.継承

 動かなくなった氷竜エキ・ノガードに縋り付き泣き続けた少女は、いつの間にか疲れて眠ってしまっていた。目が覚めた時には辺りは日が暮れかけていて薄暗く、少女の孤独感を一層際立たせていた。コートのおかげで寒さは殆ど感じないが、少女は心細さゆえか芯まで冷えるような冷たさを感じていた。


 少女は目の前で横たわる氷竜の亡骸を見て、いつまでも泣いて入られないと自分に発破をかけ、弔いのため、そして氷竜の願いを叶えるため、その閉じられた左目に手を沿え、ゆっくりと持ち上げる。

 持ち上げた瞼の隙間から淡い光が漏れ、やがて完全に開いたところでそっと命玉サールが姿を現し、雪の上へと転がった。少女は瞼を再び静かに閉じさせると、氷竜の命玉を両手で丁寧に掬うようにして拾い上げる。その大きさは少女の顔の半分ほど。子竜のときも同じだったが、どうやら本来の眼の大きさよりもいくらか小さくなるようであった。それでも氷竜の命玉は大きい。その輝きはまるで空の一等に輝く星がそのまま宿ったかのようであった。

 青白い輝きは少女の顔を見つめるように淡く照らす。それに少女は氷竜の優しいまなざしを思い出し、思わず目を潤ませる。また泣いては駄目だと頭を左右に振り、悲しさを振り払い、少女は真剣なまなざしで命玉に向き合う。


 吸収する、とは聞いていたが、具体的にどうすればいいかは聞いていなかった。だが、いざ命玉と向き合った少女には、何となく惹かれる感覚があり、どうすればいいのか理解するよりも先に手が動いていた。

 彼女は命玉を両手に乗せたまま、自らの胸、即ち心臓に近づける。そして命玉と触れ合った瞬間、それの放つ光が一際強い輝きを放ち、少女全体を包み込むほど大きくなる。


「う、ぐぅっ……!」


 途端、少女は呻き声を上げる。触れると同時に氷竜の力が、記憶が、全てが流れ込んでくる。力は、体が魔力に適応したせいか、すんなりと流れて馴染んでいくように感じる。だが、精神に関与する類のものはそうもいかず、特に記憶に関しては少女を苦しめ始めた。少しずつとはいえ、悠久の時を生きてきた氷竜の記憶は膨大な量であり、少女の脳は焼き切れるのではないかという程の痛みを訴えていた。

 普通の人間ナムフ魔操種シガムの命玉を吸収するだけで気が狂うとされているのだ。氷竜のそれを吸収しようとして、悶えつつも意識を保とうと耐えている少女の精神力の凄まじさは一体どれ程のものなのか、常軌を逸しているレベルであった。


「がっああああっ……! うあ、が……」


 そんな少女であったが、やはり一筋縄ではいかず、絶えず流れ込んでくる記憶の数々に呑まれないようにするので必死であった。

 氷竜の記憶の量に比べれば、少女の持つ記憶など砂粒のようなものだ。少しでも気を抜けば混濁し少女の記憶は混ざり合って自我も曖昧になってしまう。現に少女は自分を保つために、死に物狂いで自分の記憶を呼び起こしていた。


(わ……我、違う、わた、し……は、私は、氷竜……の、違、う……おばあちゃ、んに、たすけ……られて……)


 氷竜の記憶に飲まれてしまえば、それは少女でも氷竜でもない、全く違う人格と化してしまう。そうなってしまっては、氷竜の「お前の望むように生きて欲しい」という願いを叶えられない。

 少女は朧げな最初の記憶から今に至るまでの人生を、何度も繰り返し思い出すことで混濁を避け、自分と氷竜の間に明確な境界線を設けようともがいていた。


 だが、記憶のことばかりに集中してもいられない。命玉が自分の体から離れないように、手の方にも意識は向けなければならなかった。

 記憶の処理に意識を割けば、手に持つ命玉を落としかねず、命玉に意識を向ければ一気に精神が侵食される。常人であればとっくに気が狂っているであろうことを、少女は呻きながらも、その人並外れた精神力だけでやってのけた。



 長く、永遠とも感じられる時間を越えて漸く、少女は一度も意識を手放すことなく、氷竜の命玉を吸収することに成功した。

 命玉の光が消えると同時に少女は地面に倒れこみ、荒い呼吸を繰り返した。暫くして落ち着いたところで、最終確認というように自分について声に出す。


「私、は、おばあちゃん、に、助けられて、育てられ、て、それから……おばあちゃんを、亡くして、母様に、拾われた……」


 大丈夫だ、自分は自分のままだ、と少女は一安心する。それから、そのまま眠ってしまいそうな自分の体を無理矢理起こして立ち上がると、響く頭痛を無理矢理無視して魔力を行使する。今の少女には、魔力をどうすれば自在に操ることができるのかも分かっていた。

 少女が念じると、念じた通りにそこに氷が現れる。少女の身の丈ほどの角ばった氷の柱が完成し、少女の姿をそこに映し出す。氷竜の命玉を吸収したことで自らの身体に何か変化が起きたのかを確かめたかったのだ。

 そして思った通り、少女の姿には変化が現れていた。半透明ゆえに正確な色は分からないが、黒かった髪の色は確かに変化しており、顔にかかる髪を直接見てみれば、それは氷竜の鱗と同じ雪の白をしていた。

 しかし少女はそれよりも気にかかる点があった。


「これは、ちょっと……まずい、かも」


 髪が白いのはそこまで大きな問題ではなく、何より目を引いたのが、その髪の間から覗く角であった。氷竜の額には、後ろに向かって一対の円錐状の、短めの氷のような角が生えていたのだが、それと全く同じものが少女の額にあったのだ。

 これではどう見ても人間ではない。人型の魔操種だと思われて攻撃されても困る。

 少女は困り果てた挙句、氷竜の知識の中には無いが、なんとかならないかと、元の何も無かった自分の額を思い浮かべて「戻れ」と強く念じてみた。駄目で元々と思いつつやってみたのだが、なんと本当に角は消えてしまった。少女は驚いて額に手を当ててみるが手に当たることは無く、どうやら見えなくなっているだけというようなものではなく、本当に消えてしまったようであった。

 だが、少女は意識を集中させると、額に魔力が少し多めに流れていっているのを感じ取った。どうやら無意識で魔力を消費し続けて何らかの魔法が行使されているらしい。それに、消費している感覚はあるが魔力がどんどん減っていくような、脱力感のようなものは感じないことから、少女の体はしっかりと、魔力を生産して蓄えるという、古種トネイクナや魔操種と同じ器官を携えているようであった。氷竜と同等の機能を持っているのであれば、この程度の微量な消費であれば大きな負担にはならないようであった。

 試しに魔力を遮断するように意識を向けると、再び角が現れた。そしてもう一度念じると角は消えてしまう。

 この魔法の原理は分からないが、問題は無いようなのでこのままにすることにした。もしかすると、継承者と継承もとの姿が違う故に起こった特殊な反応なのかもしれない、と少女は考えることにした。

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