328.少女の遺品
リエティールがドライグ内部の椅子に腰かけて待っていると、暫くして職員から声がかけられた。魔操種の調査が大方完了したとして、受付までくるようにと言った。言われた通り、リエティールは一番左の受付へと向かった。
受付につくとまず証明書を提示するように求められ、それを確認してから受付嬢は話し始めた。
「先ほどの魔操種の件ですが調査の結果、上位種として処理されることとなりました。
また、外へ公にはされていなかったのですが、重要討伐対象として指定されていた個体であることも確認が取れましたので、そちらに関する報酬と功績も加えて計算しています」
そうして、リエティールの目の前に一つの袋が取り出された。ドン、と鈍い音を立てて置かれたその袋の中には一体どれ程の報酬が入っているのだろう。
それを見たリエティールは、初めて受けた依頼でヤーニッグという上位種と戦った時のことを思い出した。今回戦った相手は、強さこそ全く違えど同じ上位種という扱いである。更に緊急依頼ほどではないものの、重要討伐対象として指定されていたこともあり、合計報酬は中々に迫る金額となっていた。
リエティールはあの時山分けした程の金額に迫るものが自分だけに与えられているということに、驚きと喜びを感じていた。
だが同時に、やはり命玉がこの場にないことに落胆も感じていた。報酬の中には勿論、高く値付けされた命玉の分も含まれているのだろう。しかし、リエティールにはそれが果たしてササという少女の命の価値と同等であるのか、とても判断することはできなかった。
リエティールは報酬と証明書を受け取ると、周囲でひそひそと騒ぐエルトネ達には目もくれず、静かにドライグを後にした。そしてそのまま、ササが住んでいたという、以前立ち止まった民家まで向かった。
近づくと、また小さな啜り泣きが耳へと届いた。リエティールは民家の前で立ち止まる。日も暮れかかった夕方と言うこともあり、向かいの庭に女性の姿はなく、窓の隙間からはとても美味しそうな料理の匂いが漂っていた。
それとは対照的に、目の前の家は暗く寒々しい。手を触れるのも憚られるような重苦しい雰囲気を纏っている。
「……すみません!」
少しの間躊躇った後、リエティールは意を決して声をかけた。しかし、泣き声はすれど返事はない。自分たちに向けられた言葉ではないと思っているのか、しっかり聞こえていないのかわからないが、何も返ってこないまま数秒が過ぎる。
「すみません!」
リエティールは扉に近づきノックをしながら、更に大きな声で呼びかける。すると、漸く気が付いたのか泣き声が止み、ゆっくりと扉の方へ足音が近づいてきた。
「どちら様ですか……?」
やがて玄関が開くと、そこには一人の男性が立っていた。そこまで年はいっていないようなのだが、やつれたその様子を見ると、かなり老けているように感じる。目は泣き腫らしたように痛々しく、骨ばった痩せた体からは、まともに食事もとれていないように思われた。
もしこれが行方不明になったという一月前から続いていたとするのであれば、相当深い傷になっていることはよく考えずとも分かった。
そんな痛ましい姿にリエティールは心を痛めつつ、鞄の中からあるものを取り出して男性に差し出した。
「これを、どうしても渡さなくちゃと思って……」
リエティールがそれを差し出した瞬間、ぼんやりとしていた男性の目が一気に見開かれた。そして手を震わせながら、
「これは……!」
と言葉を漏らし、次の瞬間家の奥へ向かって、
「ルクホ! ルクホ、来るんだ!」
と叫んだ。すると、奥からルクホと呼ばれた女性が姿を現した。その女性も同じように痩せ細っていたが、男性が手に持っているものを見るとすぐに何が起きたのか理解したように驚きに目を丸くし駆け寄った。
「ササ……!」
今にも泣きそうな声で愛しい我が子の名前を漏らす女性に、震える手でそれを持ちながら頷く男性。
リエティールが渡したのは、薄桃色の布切れで包んだ髪飾りであった。まだ布は解かれていないが、その切れ端だけでササが身につけていたものだとわかったのだろう。
「あなたは……これをどこで……?」
信じられないといった様子で、女性はリエティールにそう尋ねる。リエティールは僅かに逡巡したが、意を決して口を開いた。
「山の中で見つけました。 向かいの人に話を聞いていたので、すぐにわかって……でも、それ以外のものは見つけられませんでした」
髪飾りを包んでいる布切れは一枚だけで、文字が何も書かれていないものであった。文字が書かれているものは、最初のまともに書かれているものを見れば、魔操種と何かがあったことがわかってしまい、最後の方は字も乱れ正気ではなくなったことが分かってしまう。
正気を失って死んでしまった事実を知れば余計に傷つくであろうし、万が一にも魔操種となってしまったという可能性に気が付き、我が子が調査のためにドライグに丸ごと売られてしまったと知ることでもあれば、それこそ報われない。
故に、リエティールはそれ以外には何もなかったと嘘をついた。残りの布切れ等は元あった場所の地面の下に埋め、上に石を重ねて隠してきた。
「ああ……ササ、ササ……」
掌の上の小さな遺品を優しく包み込み、二人は何度も名前を呼んでは涙を流した。そして、男性の方がリエティールに顔を向けて言った。
「ありがとうございます。 ずっと、生きているか死んでいるかもわからず、最近になって希望を持つのはもうやめていたのです。 それでも、あの子の亡骸、骨一つもなければ弔うこともできず……これで漸く祈ることができます」
その言葉に、リエティールは真実を言えないことにズキリとした痛みを感じる。今からでも言うべきか、受け取った報酬をすべて渡すべきではないか、と次の行動に悩んでいると、女性が続けて声をかけた。
「明日、この子を供養するために墓を作りに行こうと思います。 もしよろしければ、貴方も祈っていただけませんか?」
その言葉に、リエティールは頷いて答えた。




