327.少女の命
リエティール達が山を下りると、門にはどこか落ち着かない様子で立ち尽くす門番の姿があった。リエティールを連れ戻そうにも正当な理由が思いつかず、結局どうすることもできず途方に暮れているのだろう。
そんな門番は、山から戻ってくるリエティールの姿を見つけて目を見開いた。
「き、君! 困るよ、ちゃんと聞かずに勝手に行かれては……って、うん?」
焦りのまま口を開く門番であったが、リエティールの後ろをついてくるロエトの姿を見て言葉を切る。門を出る際は鳥の姿であり、それが狼の姿になって戻ってきたことに対する違和感もそうであったが、更にその背に何かよくわからないものを乗せているとなれば、気になって目を向けるのもごく自然なことだろう。
門番が凝視をしている間にもリエティール達は歩いて近づき、やがてその背にあるものが一体何なのかが理解できる距離になると、門番は見開いていた目を更に大きく開き、口を丸く開けて硬直してしまった。
それも無理はない。自分たちが特によそ者には決して知られたくないと隠そうとしてきた存在が、よりにもよってそのよそ者に倒されてやってきたのだから。
「これが、噂の魔操種……ですよね?」
「……知ってたのか」
リエティールの言葉に、門番は先ほどまでの自分の努力は無意味であったことを悟り、がっくりと肩を落として力なくそう返した。
呆けた門番の横を通り抜け、リエティールはドライグへと向かう。
待ちゆく人々もリエティール達とすれ違うと、運ばれていく謎の魔操種に不思議そうな目線を向けていた。
ドライグに近づくと、当然その周辺には出入りをしていたエルトネもいる。そんな彼らは、ロエトの背に乗っている魔操種が一体なんであるのか、数秒の後理解して驚愕を顔に浮かべる。
その内の数人はリエティールの近づき、中の一人が声をかけた。
「お、おい! その魔操種って……」
その声に振り返り、リエティールは頷いて答える。
「ドライグに報告しなくちゃと思って……」
「こりゃ……待ってろ、このままそれを丸ごと持ち込んでも大変だ。 先に行って裏手の作業場に運んでいいか確認を取ってくる」
普通の魔操種を運び込むのとは違い、人々の悩みの種であった魔操種が運び込まれたとなれば、まずしっかりと検査をしてそれが本当にそうなのか、そしてそうであればさらに詳しく調べ、通常の魔操種との差異を記録しなければならない。
そうした作業があることを知っているベテランのエルトネだったのだろう。彼はそう言ってすぐにドライグの中へと駆けこみ、程なくして飛び出し、裏手にある作業場に運ぶようリエティールに言った。
作業場に向かう途中でドライグの職員があとから追いつき、魔操種を見て驚きつつも作業場の扉を開き案内をする。
作業場の中は広く倉庫のようになっており、掃除はされているようであったがどこか血生臭い。恐らく大掛かりな魔操種の解体作業を行う場所として使われているのだろう。
職員は隅から大きめの机を持ってくると、その上に魔操種を乗せるように言った。ついてきた先ほどのエルトネに手伝ってもらい、魔操種の亡骸をその上に横たえる。
「では、調査が済み次第お知らせいたしますので、戻って待機なさってください」
「わかりました」
職員にそう言われ、リエティールはエルトネの後に続いて作業場を後にしようとする。その去り際に、リエティールは脚を止めて振り返り言った。
「……あ、あの!」
「はい、なんでしょう?」
職員が顔を上げて返事をする。リエティールは少し悩んだ後こう続けた。
「後で、命玉だけ……貰ってもいいですか?」
命玉はその生き物の全てであり、生きた証である。魔操種となり果ててしまっても、それはササと言う少女のものである。
ササが魔操種になってしまったということはリエティールしか知らない。また、それをここで言うつもりもなかった。正式な研究機関の上層部のような相手であったならまだしも、噂がすぐに広まるここで、人間が魔操種になる、などと話せば混乱を招くと考えたためである。
それでも、せめてその命玉だけでも、本来の彼女の家族の傍へ連れていきたいと思ったのだ。
「それは……難しいかもしれません」
しかし、職員の反応は芳しくなく、リエティールの心に落胆が浮かぶ。
「確かに、魔操種の素材の所有権は運び込んだエルトネにありますが、この魔操種の場合、上位種や新種の可能性が高いです。
そうなると、そうした素材はドライグで買い取った後、然るべき研究機関へ送り記録してもらわなければなりません。 その中でも命玉は特に重要になります。
ですので、命玉をお返しすることは……その代わり、十分な量の報酬をご用意しますので」
「……そう、ですか。 わかりました」
職員の言葉に反論することもできず、リエティールは顔を俯けて作業場を後にした。




