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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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326.狭間に揺れる

 リエティールは人間ナムフ命玉サールを継承しようとすると気が狂い死んでしまうという現象が起こる条件に対して、一つの疑問を抱いていた。

 それは以前も考え、その時は途中で考えが途切れてしまったが、「条件には他にも何かあるのではないか」というものであった。

 氷竜エキ・ノガードが言っていたことや、人間の間で一般的に知られている条件は二つ。同質の魔力を持っていること、そして継承に耐えうる精神力を持つことである。

 魔力が合わなければ肉体はそれを異物として認識して暴走し、精神力が無ければ記憶が混濁し自我の崩壊が起こる。

 それは至って当然な条件として人々に認知されている。それ故に人は命玉を安全な魔法薬スタールに加工して摂取するのだ。

 だが、リエティールは魔法について知れば知るほど、その条件に違和感を覚えていた。

 その二つが条件として判明しているのであれば、クリアしようと試みた人間は恐らく過去に何人もいるだろう。

 魔力に関しては氷竜がリエティールに対してそうしたように、時間をかけて十分な力を摂取すればクリアできるだろう。精神力に関しても、リエティールと同じかそれ以上に強い人間はいたはずである。

 精神力が強い人間が魔力を十分に摂取すれば、能力が低く長く生きていない魔操種の命玉程度はそのまま吸収できそうなものである。魔法薬が開発されるまでの段階で、そうした実験が行われてこなかったとは考えづらい。

 それであれば、リエティールと同じように疑問を持った人間は過去にもいたであろうし、今もいると考えられる。それでもその疑問が公になっていないのは、第三の条件が一体何なのか手掛かりがなかったためであろう。

 しかし、リエティールは今回のことでその第三の条件が何なのか確信を得た。


「信頼……」


 それは託す者が託される者を認めているかどうか、信頼しているかどうかなのだと、布切れの記録を見てリエティールは考えた。

 初めに目を開いた時には、魔操種は赤熱した歯を見せてササを威嚇した。明確な敵対心を見せていたが、体が動かなかったのかそれ以上のことはしなかった。

 それからどれくらいの期間があいたのかは不明だが、次に目を開いた時には、魔操種は威嚇も何もしなかった。文面から恐怖心のようなものは読み取れず、魔操種の敵対心が薄れていたと考えることができる。

 本能に忠実な魔操種であれば、目を覚ましてそこに敵意の対象である人間がいるとなれば襲わない理由がない。


「助けた魔操種は、本能に勝った……?」


 そうでもなければ、ササが襲われなかった理由がわからない。考えられるのは、助けたラエビィラクスは知能が高い上位種ロイレプス新種スウェンであったという可能性だ。

 魔操種は目の前の人間が自分を助けたということを理解し、心を許したのだ。それを理解しても普通の魔操種であれば本能に勝つことはないだろうが、この場合はそれを覆したとしか考えられない。

 その後も自分の傍にずっと付きっ切りでいた人間に対し、魔操種は「自らの命玉を継承させてもいい」と、そう考えたとすれば。

 命玉はその生き物の「全て」だと氷竜は言った。ならば、そうした意思が反映されると考えるのは決しておかしなことではない。


「命玉を継承する三つ目の条件は、命玉の主が継承させてもいいと考えること……。」


 それであれば、今まで命玉の継承が不可能であった理由にも納得がいく。お互いに完全に敵対していると考えている関係で、人間が魔操種に歩み寄ったりすることはなく、魔操種が人間に対してそんなことを考えるわけがないからだ。


「この子は、その条件をクリアした。

 でも、他の二つのどっちか、もしくは両方の条件はクリアできていなかった……」


 ササと言う少女が強い精神力を持ち、かつ同種の魔力を十分に蓄えた魔術師ストラであったならば、もしかすると結末は違っていたのかもしれない。

 だが、そうでなかったササは、中途半端に暴走し、狂うに狂いきれず、魔操種になり切れない魔操種として生きてしまった。

 魔操種として生きることは人間の理性が許さず、人間と共に生きることは魔操種の本能が許さない。

 二つの間でどちらにもなれず生き続け、結果的に魔操種の「継承させる」という意思が優位となり、徐々に人間の理性を魔操種の本能が蝕んでいった。「あのこがよんでる」というのは、つまりそういうことなのだろう。

 魔操種としての本能が強くなるにつれて人間であった時の意識が戻らなくなり、人がいると知っている人里へ襲いに行く。攻撃をされるショックで一時的に人間の意識が戻り、人を襲いたくないと逃げる。

 どんどん自分が人間でなくなることを恐れたササは、こうして魔操種と共に過ごしていた洞に残された、自分が人間として残した物にしがみつき、人間を襲わないように身を潜めていたのだろう。


 リエティールは魔操種の亡骸に手を伸ばす。力なく半分閉じた左目の瞼を持ち上げてよく見てみれば、そこには命玉があった。つまり、肉体は完全に魔操種となっていた。誰がどう見ても、今の彼女を人間だとは思わないだろう。


「……」


 同じ命玉を継承した人間として、リエティールは複雑な気持ちで満ちていた。一歩間違えれば自分もこうして、「氷竜のようで氷竜ではない何か」になり果てていたかもしれないと思うと、うまく継承できたことに対する安堵と、その可能性に直面した恐怖とで、何も言葉が出てこなかった。


「……ロエト」


 周囲の警戒に当たっていたロエトは、呼びかけられたことでリエティールの元へ戻ってくる。彼女の複雑な表情を見て、ロエトもまたどう反応すべきか困った顔になる。


「この子を連れて戻ろう」


「……フルル」


 リエティールの言葉に頷き、ロエトは背に亡骸を担ぎ、二人は来た道を戻り下っていった。

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