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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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325.魔操種とササ

 石の陰には、いくつもの布切れが積み重なっていた。鋭利な刃物で引き裂かれたようなそれは淡い桃色をしており、しっかりと加工されたもので、ただの布切れではないことが分かった。

 布の山の近くには数個の炭化した木片が落ちており、布切れにはそれを使って書かれたのであろう文字らしきものがあった。

 こんな山奥の木の洞にあるには明らかに不自然であるそれを見て、リエティールは先ほどの魔操種シガムは行方不明の少女と関係があると確信した。

 布切れは上にあるものほど新しいと考え、リエティールは読む前に一先ずそれらを外へと持ち出し、一面に並べてみることにした。

 ロエトはリエティールが布の山を抱えて出てきたことに驚いていたが、リエティールの考えを理解して周囲の警戒をすると同時に並べるのを手伝った。


 布切れを並べ終え、リエティールはその全体をざっと見渡す。元の形は分からないが、切れ目の形からそれが確かに一繋がりの何かであったことが分かった。

 小さな切れ端を除いて、ほとんどの布には木炭で何かが描かれていた。最初の方のものは小さく丁寧に書かれており量も多い。それが途中から徐々に乱雑になり、最終的には読むことが困難なほどに乱れている様子であった。

 見るからに重要な手掛かりであるそれを、リエティールは古い物から順番に読んでいった。




「魔操種を拾った。

 死にかけていたので、帯で傷口を塞いで隠れられそうな場所を探して隠してあげた。

 魔操種は怖いし助けるべきじゃないってわかってる。けど見捨てられなかった。

 見殺しにしたくない。

 みんな心配するかもしれないけど、ほっとけないから少しの間ここにいようと思う。

 危なかったらすぐ逃げるつもりだけど、何かあった時のためにこうやってメモを書いておく。」


「ここに来るまでに香炉を落としちゃったみたい。

 ラエビィラクスに見つかった時、慌てて逃げたから、多分その時。

 この魔操種もラエビィラクスだけど、動けないから今は怖くない。

 大丈夫、起きたらすぐに逃げればいい。」


「魔操種が目を開いて私を見た。

 口を開いて真っ赤な歯を見せて、唸り声をあげた。

 凄く怖かった。

 でもすぐにまた眠ってしまった。

 血は止まったみたいだけどまだ心配。

 怖いけど、もう少しここにいる。」


「誰かが私を探してる声がした。

 でも、魔操種と一緒にいるところを見られたら、怒られるかも。

 絶対連れて帰られる。

 そしたらこの子が一人になっちゃう。

 絶対見つからないように隠れることにする。」


「また目を開けた。

 今度は威嚇はしてこなかった。

 じっと見ていたらまた眠った。

 大丈夫、守ってあげるからね。」


「あれから何度か目を覚ました。

 けど、思ったより怪我が酷かったのか起き上がらない。

 大丈夫かな。」


「弱ってる。

 私は山菜とかでなんとかなるけど、この子は山菜を食べない。

 死んじゃう。

 どうしよう。」


「ずっと目を覚まさなかったけど、今日目を開いた。

 私のことを見てた。

 元気になったのかと思ったけど、それからすぐに目を閉じた。」


「死んじゃった」


「悲しくてずっと泣いてた。

 でも、前に聞いたことを思い出して、この子の命玉サールを取った。

 命玉は魔操種の全てなんだよね、大切にしよう。

 今日はこの子を抱いて寝よう。

 そろそろ帰らないと。」


「くるし い

 い たい

 たすけ だれ か」


「まだあたまがいたい

 いまはおちついてる でもまたうごけなくなる

 わたしは たいへんなことをしてしまった みたい

 もうもどれない

 やだ

 こわい」


「くるしい

 やだ やめて

 わたし」


「あのこ が よんで る

 やめ て よ ばな い で」


「どんどん いしきが もどらなくなる

 じが わからなく なる

 ひとを おそってた

 にげた

 おねがい やだ」


「わた し は しが む じ ゃ な い」


「わたし」


「わ」


「」




 最後の布にはもはや字と呼べるものではなく、乱れた黒い線だけが書かれていた。何かを書こうとしたのだろうか。しかし字の体裁を保っていないそれを判読することは不可能であった。


「……そんな」


 リエティールは驚きのあまり絶句し、暫く呆然と布切れを眺めた後、ゆっくりと視線を魔操種の亡骸がある方へ向けた。

 その亡骸に近づき、頭髪の辺りをよく見る。すると、その中に小さな赤い何かを見つけた。リエティールは迷わずそれに手を伸ばし、絡まった毛の中から取り出した。

 それは赤い玉飾りのついた、一本の串のようなものであった。

 焦げた香炉、淡い桃色の布、山菜に髪飾り。間違いなく、行方不明の少女ササの特徴と一致していた。


「あなたが、そうだったの……?」


 魔操種の亡骸は答えず、ただどこか人間らしい特徴だけを見せて横たわるだけであった。

 亡骸が返事をするわけがないとわかってはいたが、リエティールにはその沈黙が肯定のように感じられた。


 魔操種は上位種ロイレプスでも新種スウェンでもなかった。

 命玉を継承した人間だったのだ。

 魔操種を助けたササは、死んでしまったことを悲しみその命玉を抱いて眠った。その行動が継承する際の動きと偶然にも一致してしまった結果、ササは意図せず魔操種の命玉を継承してしまった。

 ここで問題が一つ存在する。記録に残っているものには、命玉を吸収して無事でいられた人間ナムフは一人もいなかった。魔力を体に慣らした者も、強い精神力を持った者も、皆一様に歪な存在となった。

 しかし今回は形状を保ち、精神を壊してはいなかった。寧ろ、僅かだが理性を残していた。普通に考えれば決してあり得ない現象が起こっていたのだ。

 誰もが理解できない事態。だがリエティールは、己の中で可能性を考えていた仮説が確かなものになったのだと確信を得ていた。

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