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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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322.焦げた草木

 元々山菜を採りに人がそこそこの頻度で入っていた山なのか、山に入ると獣道のように続いている道があり、リエティールはまずそれに沿って進んでいった。暫くして道が途切れ曖昧になると、次に周辺の探知を行った。その結果、山の奥の方から複数の反応が返ってくる。しかし、その内のどれが目的の魔操種であるかまではわからない。

 魔力がある存在だけを探してみても、無垢種が外れるだけでまだ特定することはできない。ラエビィラクスを実際に見たことがあるわけではないため、判別するにも自信がないリエティールでは確信をもって進むことはできなかった。


「どっちに行こう……」


 リエティールが進むべき方向に迷っていると、不意にロエトが肩から飛び立ち上空へと向かう。数秒程滞在した後、再びリエティールの元へ戻りこう言った。


『向こうの方角に木が焼けた地点がある。 そこへ向かってみるのがいいだろう』


 ロエトの言葉を聞いて、ドライグで読んだラエビィラクスの「頻繁に山火事が起こる」という情報を思い出して納得し、そちらへと進んでみることに決めた。

 しばらく進むとロエトが言った通り焦げた跡のある木が現れ始め、更に先へ進むとその具合は更に酷くなっていった。燃えてから大分時間が経っているのか、地面を見ると燃えていない新しい植物の芽がいくつか生えていることが確認できた。

 再度探知を使おうとしたリエティールは、視界の端で一瞬何かが光ったことに気が付いた。ロエトも気が付き、お互いに頷きあうとその何かに近づいた。

 一見するとただの燃え残りの木片に見えるそれは、よく見ると箱の形に加工されたものであることが分かった。内部に金属の部品が入っており、先程光ったのはこれであったと判明する。

 更に注視してみると、その金属の部品の中には木片とは別の、草が燃やされたようなものが残っているのが見えた。


「これ、もしかして……」


 リエティールが呟くと、ロエトは肩から降りてディルブからフローの姿に変化した。そしてその鼻先を燃え残りに近づけ、そっと匂いを嗅いだ。


『……微かに変わった匂いがする。 恐らく魔操種避けと考えて問題ないだろう』


「じゃあ、やっぱり……話に出た香炉?」


 リエティールがそう言うと、ロエトはすぐに頷いて考えを肯定した。

 その後、二人は周辺を捜索し、他に手掛かりは無いかと探して回った。だが、最初の香炉以外に目立った痕跡は無く、新たな手掛かりを得ることはできなかった。

 仕方なくその場は諦めて、次の目標を決めるためにリエティールは再び探知を行った。すると、先程よりも近い位置に二つの魔操種の反応があった。向こうから近付いてきたか、棲み処に近づいたかは定かではないが、ロエトの考えは間違っていなかったのだろう。


「行ってみよう」


 リエティールの言葉にロエトも頷き、二人は魔操種の反応がある方向へと歩き出した。


 先に進んでも周囲には焦げた植物ばかりがあり、ここがラエビィラクスの生息圏であることを示している。先ほど感知した魔操種もラエビィラクスでほぼ間違いないであろう。

 リエティールがそんな風に考えながら歩いていると、少し先に何かが動くのを見つけ、ロエトと共に慌てて近くの茂みに身を隠した。

 息を潜めて様子を窺っていると、それは少しずつ近づいてきて、やがてその姿がはっきり見えるようになった。

 大型で二足歩行の、全身を鱗のようなもので覆われた獣。手には赤熱した凶悪な爪を携えている。間違いようもなく、それはラエビィラクスであった。

 だが、そのラエビィラクスはどうやら探している魔操種とは違う通常のラエビィラクスのようで、二足歩行ではあるものの人間のような体格ではなく、頭髪も見られなかった。

 ラエビィラクスはキョロキョロと周囲を見回しながら同じような場所を行ったり来たりしており、何かを探している様子であった。時折唸り声をあげ目を光らせていることから、恐らくは獲物か敵を見失ったかしたのだろう。

 明らかに気が立っている様子を見て、リエティール達は無用な戦いは避けるべきだと考え、ラエビィラクスがその場から過ぎ去るのをじっと待つことにした。

 ラエビィラクスはゆっくりとリエティール達の前までやって来て、そのまま通り過ぎようとしていた。

 リエティールはバレないように身を固くしてじっとそれを見つめていたのだが、それが間違いであった。


「あ」


 バチリ、と音が聞こえてきそうなほどしっかりと、リエティールとラエビィラクスの視線がまっすぐぶつかった。ラエビィラクスはリエティールには気が付いていなかった様子であり、目が合ったのは完全に偶然であった。

 リエティールと魔操種の目が合えばどうなるか。


「グオォォォォォォォ!!!」


 思いがけない存在の出現により恐慌状態に陥ったラエビィラクスは、それをきっかけに完全な戦闘状態へと突入した。激しい雄叫びを上げ、爪と牙が燃え上がる。

 こうなってしまった以上、避けることはできないと、リエティール達は茂みから飛び出してラエビィラクスと対峙する。

 休む間もなく爪を振りかざしてきたラエビィラクスの攻撃を、リエティールは咄嗟に槍を構えて受け止める。そして、力任せにそれを押し返すと、予想外の反撃にラエビィラクスは反応が追いつかず、後ろへ押されてよろめく。

 そこへロエトが風の刃で追撃を与えると、ラエビィラクスは仰向けに倒れた。そのままとどめを刺そうとリエティールは飛び込んで槍を突き出そうとした。


「グオオッ……!」


 仰向けになったラエビィラクスは視界にリエティールが入ってくると、悪あがきのようにその口から炎を吐き出した。

 勢いが付き、もう止まることができないリエティールが炎に突っ込む直前、ロエトが横から風を吹かせ炎の軌道を逸らす。

 熱気が頬を掠めるが、寸でのところで直撃を免れたリエティールは、そのまま槍をラエビィラクスの胸元へと突き刺した。


「ガッ、グァ」


 短い断末魔を上げ、ラエビィラクスは力尽きた。呆気なく勝負がついたように思えたが、ロエトの補助が無ければリエティールは炎を真正面から受けていただろう。


「ありがとうロエト」


『このくらいなんてことはない。 だが、気を付けてくれ』


 ドキドキとした鼓動を感じつつロエトの頭をなでながら、感謝を伝え忠告に頷き、リエティールはラエビィラクスの亡骸を片付ける。


「じゃあ次は、もう一つの反応を追いかけよう。 今のラエビィラクスが来た方向みたい」


 そう言い、リエティール達は先ほどのラエビィラクスが現れた方向へ歩みを再開した。

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