321.魔操種を追って
民家に対して悲しげな顔を向ける女性に、リエティールは尋ねた。
「何かあったんですか?」
尋ねられた女性は、困り顔になり少しの間悩む様子を見せた後答えた。
「ここに住んでいた女の子が、ある日突然いなくなってしまったの。 一人娘でね、とても大切にされていたわ」
それを聞いてリエティールはすぐにドライグで聞いた話を思い出した。噂の魔操種が現れる直前の行方不明者の話である。
「それって、どれくらい前のことなんですか?」
「え? ええと、そうね……もう一か月程になるのかしら」
その答えに、リエティールはまず行方不明者と言うのがその少女だろうとほぼ確信した。一か月も戻ってきていないのであればその身に何も起きていないと考える方が不自然であり、魔操種の噂と結び付けられて様々な憶測がなされていても不思議ではない。
「最初は皆心配して周辺を探していたのだけれど、今はもうほとんどの人があの子のことを諦めているし……多分ご両親もわかってはいると思うのだけれど、まあ……そう簡単に認められることではないのね。
それに、あの子が行方不明になる数日前には、飼っていた無垢種も病気で亡くしてしまったの。 だから……」
悲し気な眼差しを民家に向けながら女性は辛そうに言いよどむ。リエティールも大切な存在を失う悲しみは痛いほどわかる為、話を聞いて同じように民家の方を見た。一か月たった今でも悲しみから抜け出せず泣き続けるとは、余程娘のことを深く愛していたのだろう。
そして、リエティールは意を決して女性にこう言った。
「その子の特徴を教えてください」
「え? でも……」
突然の申し出に女性は驚きに目を丸くした。ここに住んでいるわけでもない、他所から来た旅人が、辺りの全員が、そして自身もまた諦めていた存在に対して、まさかそんなことを聞いてくるなど思ってもみなかったのだろう。
「探したいんです。 見つけられなくても、せめて手掛かりくらい……」
リエティールの声と眼差しは真剣そのものであり、それが単なる同情心による気まぐれでないことは女性にもすぐに分かった。
戸惑いつつも、女性は頷いて答えた。
「……わかったわ。 名前はササ。 出かけた日は淡い桃色の着物を着ていて、山に山菜を採りに行ったそうよ。 魔操種避けの入った香炉も持っていたらしいわ。
それから、赤い玉飾りのついた簪……髪飾りをいつもつけていたわ」
リエティールはそれを頭の中で何度も繰り返し、忘れないように覚えると、女性に感謝を伝えてその場を後にした。
再び話に聞いた山のある方へ向かって歩いていると、周囲に人がいないのを見計らってロエトが尋ねた。
『リー。 リーは先ほどの話と魔操種の噂に関係があると考えているのか?』
その問いにリエティールは「うん」と頷いて答えた。
行方不明の少女を探したいと思ったのは、勿論その両親があまりにも哀れであると感じたのもあるが、それだけではない。
ドライグで男から聞いた話の通り、人間のような魔操種とその少女には何らかの関係があると考えていたからである。
少女の痕跡を見つけることができれば魔操種の発見につながるかもしれず、逆に魔操種を見つけることができれば少女の手がかりにもつながると考えていたため、少女の特徴を聞いたのだ。
リエティール自身、なぜこれほどまでに魔操種のことが気になっているのかはわからずにいた。だが、その魔操種のことを知ることが、自身の中にある疑問の答えにつながるのではないかという、ある種の直感を感じていたのだ。
「君、こちらは街道ではないがどこへ行くんだ?」
山に近い方面の門を通ろうとしたところ、そこにいた門番がそう声をかけてきた。リエティールの身なりを見て他所から来たのだと判断し、街道へ続く道と間違えてきたと判断したのだろう。
「山に行きたいんです。 探し物があって」
リエティールが隠さずにそう答えると、門番は面食らったという顔で驚きを露わにしたが、すぐに厳しい顔になり、
「つい先日この辺りでは嵐があって、今山に入るのは危険だ。 悪いことは言わない、山には近づかない方がいい」
と言ってリエティールを止めようとした。ドライグで聞いた通り、正体不明の魔操種についての情報を隠しているのだろうことは、知っているリエティールにはすぐに分かった。
そう簡単に引き下がるわけにはいかず、リエティールは門番に食い下がる。
「わかりました。 でも、山にはいきます。 何かあっても責任は自分で取るので心配しないで下さい」
門番は一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返す。
「だが、そもそも君のような小さい子供を一人で行かせることはできない。 どうしてもというのであれば、ドライグにでも行ってエルトネの護衛を……」
引き留められないのであれば、せめて口止めができるよう事情を知っている現地の住民をつけさせようとしたのだろう。だが、リエティールはその言葉を遮り、自分の証明書を突き付けて言った。
「私はエルトネです。 自分の身は自分で守れます」
一人前のエルトネであることを示す穴の開いた証明書を見せられては、危険だから護衛をつけろという忠告は通用しない。門番がどう反論すべきか言葉を発せずにいる間に、リエティールはさっさと門を通り抜けて早足で山へと向かった。
「あ、ちょっと……!」
「フルルゥッ!」
しつこい、というようにロエトが風を起こし、門番の目の前に砂埃が舞う。門番はたまらず顔を押さえて咽だした。
呼び止める声には一切耳を貸さず、一度も振り返らないままリエティールは山へと駆けて行った。




