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氷竜の娘  作者: 春風ハル
321/570

320.かすかな声

人間ナムフっぽい……って、どういうことですか?」


 男の言葉の真意がわからず、リエティールは繰り返してそう尋ねた。男は言いづらそうに渋りながらも、その意味を話し始めた。


「普通の個体と比べると、ちょっと賢くて身軽なくらいで、それだけ考えればただの上位種ロイレプスだって思うのが普通だ。

 だが……まあ、目撃したことのある知り合いからの聞いた話だから確かなことじゃないが……、細身の体は普通のラエビィラクスよりかは人間に近い形をしていて、全身鱗に覆われてるはずなのに髪みたいな毛が生えてたっていうんだ。 体格はともかくとして、元々なかった髪が意味もなく生えてくるなんて変だろ?

 しかもだ。 その魔操種シガムが現れる少し前、この近くで行方不明者が出たんだ。 関係があると考えるのは不思議じゃないだろ?

 だから、俺みたいな情報を知ってる一部の間では、あれは上位種じゃなくて……食ったものを自分のものとして吸収しちまう能力を獲得した新種スウェンなんじゃないかって考えてる」


 それを聞いたリエティールは思いもよらない恐ろしい能力の可能性を知り、不安に顔を険しくしていた。

 一方で話した男は、言葉を切ると同時にハッとして、焦った様子で捲し立てるように懇願と言い訳を繰り返した。


「そんな魔操種が近くにいるなんて広まったら、ただでさえ辺鄙な場所にあるこの国になんて、多少珍しいものがあるからって言ったって観光客が来なくなるだろう? そうなると国の一大事だ! だから誰も他所から来たのには隠して言いたがらないんだ。

 だから……頼む! 俺が話したことは誰にも言わないでくれ! 言ったことがばれたら俺は……ここにいられなくなっちまう!」


 恐らく成人済みであろう男が、年端も行かない少女に対して頭を下げて哀訴している様は、非常に滑稽なものであった。話の内容は聞こえていないものの、受付やその他の職員はその様子を奇妙なものを見る目で見ていた。

 そんな周囲の視線には気が付かず、リエティールは目の前の必死な男を見ながら少しの間悩み、それから一つ考えてこう言った。


「その魔操種がどの辺りで出たのかってわかりますか?」


 リエティールの言葉に、男は下げていた顔を上げ、暫し理由がわからないといった様子でポカンとした顔を向けていたが、理解すると信じられないというように顔をこわばらせ、恐る恐る問いかけた。


「まさか、その魔操種を探すつもりか?」


 その問いにリエティールは頷いて答える。すると男は首を横に振って否定した。


「やめておいた方がいいって。 見つけてもどうせすぐ逃げちまう。 しかもラエビィラクスは簡単に倒せるような弱い魔操種じゃない。

 そ、それに、あんたがあの魔操種を探してることがもし誰かに知れたら……お、俺が疑われるかもしれないだろ!」


 余程周りの目を気にしているのか、明らかに後半の方が本音とわかるほどに語気が強まっていた。

 そんな男の調子に若干の苦笑を浮かべつつ、リエティールは安心させるために答える。


「平気です。 誰かに聞かれたら偶々見つけて気になって追いかけてたってことにします。

 危なそうだったらすぐに逃げます。 でもそんなに心配しなくても大丈夫です。 私にはこのこもいるので」


 そう言い、肩の上のロエトを示す。「フルル」と返事をしているのを見て、男は肩に止まっているディルブ無垢種ラミナではなく霊獣種ロノであることに漸く気が付いた。それから諦めたようにため息をつくと、


「これ以上俺が何か言っても意味はなさそうだな……わかった、わかったよ」


と言い、知り合いが魔操種と出会ったという場所の大まかな情報を話した。

 リエティールは男に礼を言うと、ドライグを出て再び町を歩きだした。


『リー、どうするのだ? 変な魔操種とやらを探すのか?』


 肩の上のロエトがそう尋ねる。それに対してリエティールは頷いて答える。


「うん、なんだか気になるから……」


 人間のような魔操種という謎の存在が、リエティールは妙に気になっていた。それを解決するためにも一度会ってみるのは有効だろうと考えていた。

 男から聞いた目撃情報のある山へ向かって町の中を歩いていると、とある民家の前でリエティールはふと足を止めた。

 その民家は何の変哲もない普通の家であった。怪しい気配があるわけでも、魔道具スルートの魔力を感じたわけでもなく、他の家と変わらないただの民家である。

 リエティールがじっとその民家を見つめていると、向かいの家で庭を掃除していた女性がそれに気が付き、声を変えた。


「あなたどうしたの? 迷子?」


 その声にリエティールは振り返る。女性はわざわざ箒を置いて玄関から外に出てリエティールの傍まで歩いてきた。

 リエティールは違うと首を横に振り、それから再び民家の方を向いて正直に答えた。


「この家から、泣き声が聞こえてきたので……とても辛そうで……」


 リエティールの聴覚でもかすかに聞こえる程度の泣き声は、恐らく女性には聞こえていないだろう。

 普通なら何を言っているのかと半信半疑になりそうなリエティールの言葉に、女性は驚きを露わにし、それから悲し気に眉根を下げた。


「そう、まだ……泣いているのね」


 女性はリエティールと同じように民家に目を向け、悲し気にそう口にした。

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