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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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319.噂の追求

 息苦しい。胸が締め付けられるように痛い。

 目の前で、人間ナムフ達が為す術もなく蹂躙されている。

 その光景をただ見ていることしかできない氷竜エキ・ノガードは、口惜しさにギリリと歯を噛みしめた。

 暴れているのは、氷竜と同じ「母」から生まれた、史上最悪の魔操種シガム。心はなく、ただ人間を害するためだけに生まれてきた恐怖の権化。

 氷竜が全力でそれを止めようとすれば、不可能ではないはずだ。だが、今それはできなかった。もう一つ別のすべきことがあったためだ。

 故に、氷竜はただ耐えてくれと祈ることしかできなかった。

 怒りが沸々と湧き上がり、噛みしめた牙の間に血が滲む。その怒りはこのようなことをした「母」に対するものなのか、それとも何もできない自分の無力さに対するものなのか。あるいはその両方であった。

 時間にすれば、それはあまり長い時間ではなかったのだろう。だが、響き渡る絶望と恐慌の叫びは、それを無限のように長く感じさせた。




***




「……っはぁっ! はぁ……」


 窓から差し込む澄んだ朝日に照らされて目を覚ますと、リエティールは息を荒げて飛び起きた。そしてすぐに、今見ていたものが氷竜の記憶であると理解した。天竜イクス・ノガードによって能力を開放されたことにより、また記憶の一部が鮮明によみがえったのだ。

 以前のものと比べれば大分短い、しかしそれによって得た苦しさは、記憶を強く印象付けるには十分すぎるものであった。

 目覚めたリエティールの胸の内には、目の前の存在を助けられなかったという果てしない虚しさだけが残っていた。

 遠い目をして今にも泣きだしそうなリエティールに、ロエトが心配そうに声をかけた。その声に我に返ったリエティールは、今は落ち込んでいる場合ではないと気を取り直すと、簡単な身支度を済ませて宿を後にした。

 出る前に感謝を伝えると同時にドライグの位置を聞き、二人はまず一番にそこを目指した。

 程なくして到着すると、リエティールは建物を見上げた。ドライグもまた他の建物と同じように、今まで見てきたものとは様式が違っており、人が少ないためか規模は小さいながら、どっしりとした重厚感のある門を構えていた。

 中に入ると、雰囲気は違えど形式は他のドライグとさほど変わりはなかった。そのことに少し安心しつつ、リエティールは暫しキョロキョロと悩み、まず依頼受付の窓口へと向かった。


「おはようございます。 本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢にそう尋ねられ、リエティールは鞄の中から昨夜書いた手紙を取り出し、少し戸惑いながらこう言った。


「えっと、依頼とは違うのですが、他のドライグに手紙を届けてもらうことはできますか?」


 リエティールは手紙を書いたはいいものの、どうすれば届けられるかわかっていなかった。そして悩んだ末、ドライグ間でのやり取りなら受け付けてもらえるかもしれないと考え、思い切ってそう尋ねてみたのだ。

 すると受付嬢は、安心させるように優しい笑みを浮かべると、


「はい、可能ですよ。 どちらまででしょうか?」


と頷いて答えた。

 ドライグでは基本的に受け付けた依頼を他のドライグとも共有している。以前リエティールが達成報告を忘れていた依頼の処理をしてもらえたのも、そうした仕組みのおかげである。

 そうした依頼の情報以外にも、登録されたエルトネの情報や最新の魔操種シガムの情報、ドライグ周辺で起きた問題なども同時に共有するため、頻繁にやりとりが行われている。その一環で、こうしたドライグ間での手紙も受け付けていた。

 リエティールはできることを知って安堵するも、同時にこのことを教え忘れたイップに対して、心の中で小さく文句を言った。


 手紙を渡した後、リエティールは受付を離れて掲示板を見に行った。周辺の魔操種の情報が張られている場所を見つけ、その中から昨日の噂で聞いた「ラエビィラクス」という名前を探した。

 比較的目立つところにその名前を発見し、リエティールはじっくりとそれを読む。絵を見ると、大型で二足歩行をする、全身が鱗のようなもので覆われた獣のような魔操種であった。がっしりとした体形をしており、鋭い牙や爪が描かれている。

 危険度は高く、主に山奥に生息している。属性はエリフであり、その能力は主に牙と爪に影響を与えているらしく、それらは常に熱した鉄のように熱く、素早く振りかざすと火が発生するのだという。その影響で、ラエビィラクスが棲み付いた山では頻繁に山火事が起こるのだとも書かれていた。

 だが、そのどこにも「臆病」であったり「知能が高い」というような記述は見当たらなかった。


(やっぱり、上位種ロイレプス新種スウェンなのかな)


 昨日の話の中でも、「変な魔操種」はラエビィラクスだ、ではなく似ていると言われていた。それに「ひょろっとしてて」という特徴も、描かれた絵とは異なっている。

 だが、探してみてもそれ以外に似た魔操種の情報は見当たらなかった。

 これ以上の有力な手掛かりはここにはないと判断し、リエティールは掲示板から離れてドライグ内を見回した。

 すると、飲食スペースに一人の人物がいるのを見つけた。濃い茶髪の男で、どうやら朝食を取っているようである。装備は門番のものに似ており、ウチカを拠点として活動しているのであろうことが窺える。

 ここでの活動が長いのであれば噂の魔操種についても何か知っているかもしれないと、リエティールは思い切ってその人物に声をかけてみることにした。


「すみません、ちょっといいですか?」


「ん? なんだ?」


 男は朝食を取っていた手を止め、リエティールの方を向いて応える。食べてる最中に邪魔をして邪魔に思われたら、と心配していたリエティールであったがどうやら杞憂であったようだ。


「ラエビィラクスに似た変な魔操種のことって、何か知ってますか?」


 リエティールがそう訊くと、男は一転して驚きを顔に浮かべた。そして、


「あんた、他所から来たんじゃないのか? なんでそのことを知ってるんだ?」


と困惑した様子で聞き返してきた。嘘をつく理由もないため、リエティールは素直にうわさ話をしているのを聞いたと答えると、男はまいったというように頭を押さえ、それから、


「他所様には話すべきことじゃないんだが……」


と話すのを渋る様子を見せた。なぜ話せないのかわからないリエティールは首をかしげて男の顔を見つめる。

 そのまっすぐな眼差しにじっとみつめられると、男は気まずそうに眼を泳がせて、それから観念したように話し始めた。


「まあ、少しだけならいいよな……?

 あー、その……そいつは妙なやつでな、人を襲うくせに攻撃されると慌てて逃げてくんだ。 普通のラエビィラクスだったら逃げない。 危険を冷静に判断する知能があるってことだとすると、上位種じゃないかって言われてる」


 聞きつつ、リエティールは話の内容が自分の推測とおおよそ一致していることを理解して納得する。しかし、ここまでの話では何故話すのを渋ったのかがわからない。上位種が発生することは多くはないにしろ通常に起こりうることであり、隠すほどのことではないはずである。

 疑問は晴れず、リエティールは増々不思議そうにしながら男の次の言葉をじっと待つ。

 男はこれ以上余計なことを話すつもりはなかった様子であったが、じっと見つめられ続け、無視して朝食に戻ることもできず、暫くの間沈黙した後、遂に根負けして口を開いた。


「その魔操種は……妙に人間ナムフっぽいんだよ」

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