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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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31.普通の少女

 ドライグに入ってきた少女は物珍しそうに建物の中をキョロキョロと見回していた。この町では一番立派な建物であり、初めて見るならそうなるのもおかしくは無い。それから、女性とソレア達のいる方向へ顔を向けると、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。

 初めはその見た目に驚いたソレアだったが、その仕草から普通の人間ナムフの少女なのだろうと判断し、一先ず落ち着きを取り戻した。

 見た目は十歳程度だろうか、その少女には付き添いの人物などの姿は見えなかった。こんな辺鄙な町に子ども一人で来るなど普通はありえないため、ソレアはこの町の子どもか?と考えた。


「こんにちは、お嬢ちゃん。 はじめまして、かな? 誰かと一緒じゃないの?」


 女性が近付いてきた少女に視線を合わせ、親しみやすい声と笑顔で話しかける。一方の少女はと言うと、あまり表情には変化が無い。初めて会う人間に対する不安のようなものも、興奮のようなものも感じていない様子で、なおも不思議そうな表情のままでいた。


「はじめまして。 私は、一人できました」


 語調はやや緊張気味のようで、表情には出ていないが少し身を固くしているようであった。そんな少女のことを見抜いたのか、女性はより一層柔らかい笑顔と、明るい語調で、


「大丈夫よ、おつかいかしら?」


と尋ねる。ドライグは店と言うわけではないが、エルトネ向けの携帯食料や薬草などから作った薬、その他便利道具を販売するスペースがあり、町の住民も時折利用している。女性は少女がそのおつかいに来たのだと考えたのだ。

 しかし少女はその問いに首を振り、次のように答えた。


「色々、知りたいことがあります。 だから、大きな建物の、人がいそうな場所を探して、ここに来ました」


 その言葉に女性は心底驚いたように目を丸くして、ソレアも同様に意外な言葉に口が半開きになっていた。そして間抜けた顔のまま、


「……お前さん、どこから来たんだ?」


と零した。それを聞いた少女は、少し悩んで間を開けた後、


「少し、離れたところから」


と答えた。実に曖昧な返答ではあったが、少女の表情が少し悩ましげに変化していることに気がついたソレアは、ワケありなのだろうと判断してそれ以上のことを訊くのは止めることにした。エルトネの中ではそういった過去に何かがあって、という者は少なくなく、相手の深いところまで知ろうとするのは非常識だとされている。そういうことをすると、非難を込めて「情報屋ムロフィニ紛い」と後ろ指を差されることになる。

もしかしたらドロクの町からきたのではないかという考えも過ぎったが、先の理由と、商人たちが諦めるほどの豪雪という話もあって、聞くのは止めておいた。


 少女の予想外の言葉に暫し呆然としていた女性であったが、頭を振って気分を治し、再び少女に尋ねる。


「何が知りたいの? 答えられる範囲であればお姉さんが答えてあげるわ」

「ええと、あの、いろんなこと、知りたくて、だから、たくさん本が読めるところ、とか……行きたい、です。 どうすればいいですか?」


 少女はどうやら聞くだけでは足りないくらいのことを知りたがっているらしく、本から情報を得られるということは知っているようであった。

 少女の言葉を聞いた女性はうーんと人差し指を口元に当てて考え、それからソレアに声をかけた。


「そうなると、図書館が一番よね……。

 あ、ソレアさん。 クシルブには図書館がありましたよね? そこまでこの子を連れて行ってあげるのはどうでしょう?」


 そう聞かれたソレアは少し困った表情になり、


「俺は構わんが、とりあえずこいつらに聞かないと了承はできないな……」


と、隣でかみ合わない愚痴を延々と吐き出しあっている酔っ払いに目をやる。そちらに目を向けそうになった少女を、女性が慌てて声をかけて引きとめる。純粋な少女に酔っ払いの醜い姿を見てほしくないという、彼女なりの配慮だ。


「そうですね。 とりあえず、お嬢ちゃんはこっちに来て一緒に待っていましょ。 美味しいアコクをご馳走するわ」


 少女は女性に向き直り、それから「あこく?」と不思議そうに首をかしげた。


「知らない? とっても甘くて美味しい飲み物よ。 楽しみにしてて」


 そう女性に言われて、少女は少し嬉しそうになるが、すぐに不安げに


「いくらですか?」


と尋ねた。それを聞かれた女性はウィンクをして、


「言ったでしょう? ご馳走するって。 遠慮しないで!」


と笑う。それを聞いて安心したのか、少女の緊張はほぐれて、自然な笑みが口元に浮かぶ。


 それから女性は少女の手を引いて、少し離れた場所にあるソファー席へと少女を座らせた。少女はソファーの感触に驚いた様子で、女性がアコクを準備している間、ずっと跳ねたり抱きついてみたりと落ち着きが無かった。それを女性が微笑んで見ていることに気がつくと、少女は慌てて姿勢を正した。その様子がおかしくて、女性は一層笑みを深めた。


 女性がアコクを少女の前に差し出すと、少女は興味深そうにカップの中を覗きこんだ。深く濃い茶色の表面に、覗き込む少女の姿がぼんやりと映り、漂ってくる甘い香りに少女は目を輝かせた。

 その香りを十分堪能し、少女はそっと口元に運んで口をつけた。そして濃厚な甘さと口当たりに目を見開き、次には勢いがついて口いっぱいに含み、ゆっくりと味わった後ごくりと飲み込んだ。はあと口を開いた少女の顔はこの上なく満足げで、コロコロと変わる表情の変化を、女性は面白そうに眺めていた。

 このアコクの原料も、寒い地域では育たない輸入品であるのだが、こうして喜んでもらえるのなら安いものだと女性は思い、おかわりの準備をする。


 空腹だったのか疲れていたのか、結局三杯ほど飲んだところで満たされた様子で、少女はどこと無く眠たそうにうつらうつらとし始める。暫くは耐えていたのだが、やがて目を閉じて小さな寝息を立て始めた。

 眠り込んだ少女に女性は毛布を準備して起こさないようにそっとかける。商人たちのほうへ向くと、あちらも酔いつぶれて勢いがなくなってきているのが見えた。

 女性の視線に気がついたソレアが振り返り、やれやれと言った様子で肩をすくめ、それからお互いに苦笑を浮かべる。


 ソレアは席を立って、女性の近くの席に腰掛けて眠る少女を見る。


「見た目は随分と変わっているし、ワケありのようだが、こうしているとただの普通の子どもだな」

「そうですね。 まだ子どもなのに、見た目以上に大人びています。 きっと大変な思いをしたのでしょうね」


お互いに少女を見て、思ったままの言葉を口にする。目の前で眠る少女のあどけない寝顔は、どこにでもいる普通の子ども達となんら変わりの無いものであった。


 少女と商人たちが起きるまで、ドライグの中は静かで穏やかな時間が続いた。

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