317.魔操種の噂
リエティールとロエトは宿を探しながらウチカの町並みを珍しそうに眺めて歩いた。
ウチカという国は他と比較すると、少し変わった歴史を持っている国である。国の規模はドロクやオロンテトのような大国に比べれば、それこそ町一つ分ほどの大きさしかなく、それでも立派な一つの国として他国との交易を続けている。
地理を見ると北は高く険しい山に囲まれ、南は巨大な川で分断されている。かつては今よりもさらに面積が小さく、それ故に他国から発見されたのは比較的最近のことであった。
先に発見したのは北の国、現在のオロンテトである。北の国はウチカを発見すると、山奥に人里があることに驚きつつも、自国にとって有益であれば支配下に入れることも考え接触を試みた。
ウチカは周囲から隔絶された特殊な環境にあったため、育つ作物や料理、衣服に居住方法など、独自の文化を発展させていた。それらは北の国にとっては自国にない貴重なものであり、是非手に入れたいものであった。
だが同時に、ウチカの人々は愛国心が高く、かつ非常に友好的であったため、北の国は武力によって制圧するまでもないと判断した。無理に支配を推し進めれば却って反抗心を煽り、その文化まで破壊しかねないと考えたのである。
そうして北の国はウチカと友好国として関わりを持つようにし、資源や知識をお互いに分かち合った。
そうなると南の国もウチカの存在に気が付く。当時は現在のトレセド帝国の原形が完成しつつある時期であり、非常に好戦的であったため、資源があるとわかればすぐにウチカへの侵攻が始まった。
北の国は南の国が攻めてくるであろうことは予見しており、事前に地形を把握して迎え撃つ準備を済ませていた。そのため、南の国はすぐに不利な状況に陥り、北の戦力の前に敗走を余儀なくされた。
やがて時が経ち、内情が落ち着き国として情勢が安定すると、南の国はウチカへ正式な謝罪をし、北の国との関係修復にも乗り出した。そうして現在は、北の国と同様に友好国として協力関係を結んでいた。
そうして、ウチカは北と南どちらからも守られ文化を壊すことなく、少しずつ力をつけて現在のように穏やかな国として成長したのである。
今では街道も整備され、外からの人も受け入れやすくなっている。それでも訪れにくい場所であるがゆえに大量に人が流入してくることはなかったが、観光客はそう珍しいものではなかった。
独自の町並みに独自の服を纏う人々の中では、リエティールの服装は浮いて見えるが、ウチカの人々は特段気にした様子もなくすれ違っていった。それどころか、宿を探してキョロキョロと見回しているリエティールに声をかけ、事情を知ると近くのオルに入れる宿を教えてくれるほどであった。
「いいところだね。 今日はゆっくり休めそう」
「フルルゥ」
リエティールの言葉にロエトも機嫌がよさそうに返事をする。基本的にオルは、無垢種や霊獣種といった人間以外の入浴は禁止されているところが多いというのだが、紹介された宿はそういった存在のための小さなオルもあるのだと聞いていた。ロエトはそれが楽しみなのだ。
宿を目指して道を歩いていると、道端で子供たちが集まって話をしているのが聞こえてきた。年齢はリエティールよりも少し低いくらいだろう。
「なあなあ、お前の父ちゃん変な魔操種と戦ったって本当か?」
一番背の低い少年が、もう一人の別の少年に興奮気味にそう尋ねると、聞かれた方の少年は得意げな顔で大きく頷いて答えた。
「おう! すごいだろ?
近くまできた変な魔操種を、父ちゃんは持ってた斧で攻撃して追い払ったんだ! こう、バーン! ってな!」
少年が斧を振るジェスチャーをすると、他の子どもたちはわっと楽しそうに騒ぎ立てた。
だが、それを聞いていたリエティールはあれ?と首を傾げた。
(魔操種って、そんな簡単に逃げるの?)
以前船の上で魚の魔操種と戦った時、エニランが言っていた「傷を負うほど凶暴になる」「そう簡単に諦める生き物じゃない」という言葉を思い出す。
そんな魔操種がたった一回斧を振られただけで逃げ出すだろうか?むしろ怒って更に襲い掛かってくるのではないのだろうか、とリエティールは更に首を捻る。
「……ねえ、その魔操種って、どんな魔操種だったのか、教えてくれる?」
どうしてもしっくりこなかったリエティールは、思い切って少年に尋ねてみることにした。
いきなり声をかけてきた知らない人間に、子供たちはなんだなんだと振り返るが、話をしていた少年はすぐに得意げな態度に戻って言った。
「お前よそから来たのか? ふふん、いいぜ、教えてやるよ。
この辺りには最近変な魔操種が出るんだ! 見た目は鱗熊に似てるんだけど、なんか……ひょろっとしてて、動きがはやいんだ!
この前ドライグの近くに行った時、えーっと……なんだっけ、あー、とにかくなんかやばいやつかもしれないって言ってるのを聞いたんだ!
まあ、俺だったら父ちゃんみたいに攻撃して追っ払ってやるけどな! お前はせいぜい気を付けて逃げろよ!」
リエティールがエルトネであることも気が付かないまま、少年は最後まで得意げな態度を崩すことなくそう言った。
ラエビィラクスという魔操種をリエティールは知らなかったが、それを知る為にもドライグに行ってみるのがいいだろうと判断したリエティールは、少年に一言「ありがとう」と言ってその場を後にした。
『気になるのか?』
ロエトの問いかけに、リエティールは少し悩むそぶりを見せてから答える。
「うーん……ちょっとね。 とりあえず情報だけでも、明日聞きに行きたいかな」
謎の魔操種のことに意識を割かれながらも、リエティールはロエトと共に宿へと歩いた。




